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貴方は私が読んだ人  作者: 黒森 冬炎
第十一章 魔法使いの末裔たち

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233/247

233 ヒメネス城砦の最後

 ノコギリ鳥は手当たり次第突き刺している。遮る壁が無くなったので、元は円塔だった部分にも飛んできた。


「わっなんだ?」


 ベルシエラの炎で守られていたカチアたちだが、突然目の前に小さな鳥が現れれば驚きもする。ノコギリ鳥は動きが速すぎて瞬間移動しているようにさえ見えた。


「ノコギリ鳥か」

「肝が冷えるな」


 巡視隊の面々は春の狩場となる森で体験済みである。例年は森番が処理を終えた頃に森を訪れる。馬車路付近の巣は撤去しておくのが常だった。ベルシエラと出会った年は、運悪く残っていて道に飛び出した。


「ベルシエラの防壁がなきゃ、姉貴も今頃自然に還ってるところだぜ」

「俺らもベルシエラの矢に助けられたよなぁ」


 フランツとガヴェンがノコギリ鳥の森での出会いを懐かしく思い出す。もう何年も前のことだ。思えば長い付き合いである。



 丸見えになった建物の内側では、ノコギリ鳥の犠牲者たちが倒れ伏していた。ノコギリ鳥は狂ったように飛び回り、勢いよく人間に嘴を突き刺していた。バサバサと羽が視界を遮り、気づいた時には身体の何処かに穴をあけられている。


「お姑様はどこかしら?」

「何処かで王国派を保護してるんじゃないかな」


 先代夫人の幽霊は見えない。見える範囲では、どの部屋も扉が閉まっている。ノコギリ鳥を避けた人々が立て籠っていたのだろう。2階部分は天井が無くなったので上から入り込まれて、悲惨な光景が作り出されていた。


 鎧の金属を簡単に貫くノコギリ鳥の嘴は、魔法を使えば切ることができる。だが動きが速いので、慣れていない魔法使いでは到底歯が立たないのだった。



 受け取った手鏡で灰色の魔法使いを映し、ギラソルを添えた王国派の紋章を選択する。ベルシエラは、鏡の光が示す王国派を素早く炎で救い出した。ヴィセンテはその間にノコギリ鳥を炎の網で捕らえていた。


「エンツォ、休んでてって言ったのに」

「これくらいはさせてよ」


 王国派の救出を見届けると、ベルシエラは家具類も気にせず2階を支える床の魔物を焼き捨てた。2階のものは1階に落ちる。家具の下敷きになった者もいた。


「ちょっと気分が悪いわね」


 ベルシエラは暗い顔をする。彼等は罪のない人々を魔物の餌にしていた凶悪な連中だ。数百年もの永きに渡り、メガロ大陸を手中に収めるべく暗躍してきた。


「彼等はそれだけのことをしたんだよ」


 ヴィセンテは細い腕で薄い胸にベルシエラを抱き寄せる。急に気が緩んで、ベルシエラの瞳にじわりと涙が滲み出た。



 ノコギリ鳥によって大幅に減らされたヒメネス城砦軍は、アルトゥール率いる飛竜騎士団、カチアを筆頭とする魔物討伐隊、そして巡視隊によって速やかに捕縛された。


 壁、屋根、床が無くなった建物は、既に単なる更地である。


「あ、お(かあ)様」


 建物だった場所の隅で、先代夫人の幽霊が防壁を築いていた。魔法の壁に囲まれていたのは、王国派の生き残りであった。


「お手数なんですが、連れて行けるだけの人数を麓の村まで引率してくださいませんか?」

「よろしくてよ」


 先代夫人は二つ返事で引き受けた。声も姿も見えない幽霊だが、魔法は現実世界に干渉できる。魔法の壁に誘導されて、王国派の一団は地獄絵図から抜け出した。



 朝焼けが海辺の丘を真っ赤に染め上げる。凄惨な血と肉の散らばる戦場に夜明けの海風が吹いて来る。ヴィセンテは黙ってベルシエラを抱きしめていた。


お読みくださりありがとうございます

続きます

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