23 ルシア・ヒメネスの時代
ガヴェンの話は続く。隊長も興味深そうに聞いている。老婦人は、蜂蜜入りの生姜湯を配った。今度の器は、少しでこぼこした分厚いガラスだった。ベリー類、柑橘類、そして乾燥させた紅い花びらが底に沈んで、良い香りが緊張を解す。
「ルシアのお母さんは遍歴修行から帰った時、ルシアを連れてたんだって。旅先で出会ったお父さんは盗賊に殺されてしまったんだそうだよ。その人が魔法使いだったらしいんだ」
「それで、騎士一族なのにルシア・ヒメネス様は魔法使いなのね」
ガヴェンは頷く。
「よく聞いて?ルシアは剣に魔法の光を纏わせて戦ったという記録が残っている」
「それ……!」
ゲルダがおもわず立ち上がる。
「ベルシエラと似てるだろ?多分それで、国王陛下はベルシエラにルシア・ヒメネスの名前を下賜し、セルバンテスに嫁がせたんだと思うよ」
「ルシア・ヒメネス様の時代は、セルバンテス家の栄えていた頃だって伺いました」
王の狙いがなんとなく解ってきた。
「その通り。ベルシエラの登場は、国にとって大事な家柄にかつての勢いを取り戻させるには、願ってもないチャンスだったってわけ」
ガヴェンはパンと手を打つと、金茶色の垂れ目を小粋に瞬かせた。
「俺の話はこれでおしまい。どう?続きを調べて欲しい?」
ベルシエラは、ガヴェンの様子がいつもと違う理由も、なんとはなしに感じ取った。
(ファージョンは隠れた語り部の一族なのね)
歴史を紐解く語り部は、いつの世もどの国でも、事細かに家系図や地勢から語り始める。だが、残念ながらここには良い聞き手がいない。叙事詩が語る故事来歴の叙述は、人によっては苦痛を感じるものなのである。
「ガヴェン、生き生きしてんな」
フランツは叙事詩が苦手なようだ。苦い顔で果実入りの生姜湯を飲み込んだ。
「ルシア・ヒメネス様とセルバンテス分家の由来は解ったけど、エンリケ様が発病しなかった手がかりにはならなかったわね」
「うっ、鋭いな。そこはこれから調べるんだよ」
ガヴェンは言い訳をした。
「ルシア・ヒメネスの時代まで遡る必要があるのか?」
隊長は、皆の疑問を代表して質問した。
「魔法酔いを治す方法が元ヒメネスのセルバンテス分家にあるなら、エンリケが完治したあと、みんなそこに滞在したら良かったんじゃないのか?そうすれば、先代のご夫婦も当代とその弟たちも、元気になってる筈だろ?」
ガヴェンの指摘は最もである。
「隠れて光る石を掘り当てないとね」
ガヴェンのウィンクに、フランツが苛立つ。
「わかりやすく言えよ」
「フランツは短気だなぁ」
フランツは舌打ちをする。ガヴェンは両掌をフランツに向けて防御の真似事をした。
「解ったよ」
皆が注目する中、ガヴェンは結論を言う。
「セルバンテス本家の魔法酔いも、ルシア・ヒメネスの時代に始まってるのさ」
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続きます




