229 背中を預ける間柄
危険という言葉では到底足りない現在のギラソル領まで、エリザベスは王の使いとしてやって来たのだ。それだけでも労われて当然だが、国王と王女の一言ずつまで運んでくれた。
「怖かったでしょうに。なんて使命感のある、勇気ある子なんでしょう」
「ガヴェンは一人前に扱ってるみたいだよ」
ヴィセンテは頭上に飛び交う魔法を見上げて言った。保護者の付き添いは既になく、立派にゲルダと背中を預けあっていた。エリザベスを誉めるのは却って失礼かもしれない。
そんな様子を眺めていると、真っ白な飛竜騎士がもうひとり飛んできた。塔の解体は、既に3階部分の壁に取り掛かっている。ベルシエラとヴィセンテがいる地下階からも、満点の星空が見渡せた。
「約束を果たしに来たわよ!ペピート!」
騎竜した乙女が明朗な声を響かせた。蔦と杖と剣を組み合わせたエルグランデ王室の紋章が、青白く満月に染まって翻る。艶やかな栗毛を凛々しく結ったソフィア王女の到着である。
「ソフィア王女様?」
巡視隊の隊長は嬉しさと心配を混ぜた眼差しを婚約予定者にむける。ギラソル領の魔物が増殖したため、ふたりの婚約手続きは進んでいない。まだ婚姻申し込みも済んでいないため、公式的には予定者だ。
ふたりはギラソル魔法公爵家の結婚式から首都への帰路、大吹雪と魔物の大群に遭遇した。その後はソフィアの馬車隊はギラソル領の危機を伝えに首都へ向かった。
「故国が魔物に襲われた時、あたくしは立ち向かう。貴方は共に立つ。並び立ち、背中を守り、ふたりでこのエルグランデの地を守ると、幼かったあの日に約束致しましたでしょ!」
隊長の胸に遠い想い出が去来する。幼かったあの夜、川辺で出会った月の剣士のような少女が目に浮かぶ。幼い王女は大人のように毅然としていた。細い肩も小さな背中も、月を映す瞳を見れば忽ち城砦の如く頼もしく見えた。
美しくしなやかで、快活な笑顔を見せたあの時の子供が、今や狩りの女神と崇拝される立派な王女だ。鈍感で生真面目な堅物への想いを抑えきれず、遠国に嫁ぐ直前に勇気を出して告げてくれた。
強く気高くいじらしい。そんな王女を思う崇敬と思慕は燃え立ち、狂おしい程の愛情が隊長の胸を焦がした。
隊長は情熱を秘めた強い瞳でソフィア王女を見つめる。
「はい、あの日も、そして人生をふたりで歩むと誓ったあの夜も、ふたりで約束致しました」
月夜のプロポーズはふたりきりの森の岸辺だった。その後の騒動でまだ誰にも明かしていない。ベルシエラに伝えようとした時には、うやむやに話題が流れてしまった。言い出そうとしたタイミングで魔物への対策が話題に上ったからである。
巡視隊の隊員たちは、ようやく想いが通じ合ったふたりを心の内で祝福した。隊長とソフィアの間に流れる静かな熱は、その場の人々に良い影響を与えた。先頭に立つふたりは、さながら夫婦の戦神のようであった。
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続きます
閑話
柱
隊長と王女
軍神=ぐんしんというと硬い感じ、近代的
戦神=いくさがみ というと柔らかい感じ、古典的
戦神=せんしん というと神秘的、神話的
軍神=せんしん、いくさがみ 勇壮、叙事詩的
読み=ぐんじん、せんじん 時代がかった感じ 古文書的
言葉の意味は全部一緒ですが、組み合わせによって雰囲気が変わる気がします
このカップルは古典的な雰囲気の表現が合う気がしました
現代国語的に正しい読みは、夫婦=ふうふ、めおと
日本で二柱=ふたばしらというと、イザナギとイザナミの夫婦神ですよね
軍神に例えている場面なので「ふたばしら」としました
ご存知のように柱とは神を数える単位です
由来には諸説あるらしい
古代日本では樹木が信仰対象となった、柱を立ててそこに神を下ろした、等々
参照
岡山市立中央図書館「デジタル岡山大百科」
「神を「柱」という単位を用いて数える理由」
(最終閲覧 2024/4/7 18:29)
http://digioka.libnet.pref.okayama.jp/detail-jp/id/ref/M2018070513305390421
レファレンス共同データベース
質問「なぜ神を一柱、二柱と「柱」という単位で数えるのか知りたい。」
解答者: 滋賀県立図書館
(最終閲覧 2024/4/10 18:05)
https://crd.ndl.go.jp/reference/entry/index.php?id=1000245108&page=ref_view




