227 丘の麓の村で起きたこと
ノコギリ鳥は小さな体に糸鋸の刃に似た嘴が目立つ鳥だ。ベルシエラが育った、春の狩場となる王家の森にだけ生息する固有種である。魔物ではないが極めて凶暴な生物だ。そのぎざぎざな嘴でブスリと容赦なく突き刺してくる。動きもうんざりするほど速い。巡視隊の面々ですら、思わず棒立ちになるくらいなのだ。
「冬のノコギリ鳥を人間の集団に送り込むなんて、兄さん凶悪ね」
「この有様じゃそうも言ってられないだろ」
「ヒメネス城砦軍には私たちの味方もいるのに?」
「その辺はお母様がうまくやってくれるよ」
「姿が見えないと思ったら、そっちに行ってくれてたのね」
援軍が到着しても、戦力の差は歴然である。相手の力は大きく削ってしまいたい。それでも美空の感覚が抜けないベルシエラは、敵なら死んでもいいとはどうしても思えない。
ヴィセンテは一周目で復讐鬼になった男だ。一周目のヴィセンテがエンリケを国に引き渡したのは、プライドを粉々に打ち砕くためでもあった。領内の不祥事として領主権限で極刑に処すよりエンリケにはそれが堪えた。
ヒメネス領の旧領主主義者には、血族や領民、果ては旅人までも殺されている。一族の仇でもあるヒメネス城砦軍に対して、ヴィセンテは非情だった。
ベルシエラは頭上を仰いだ。
「兄さんは中に入らなかったのね」
「丘の麓にある村で待機してるよ」
ベルシエラは勢いよくヴィセンテへと顔を向けた。
「あの村、どうなってた?」
「魔法使いカルロスが守ってくれてたんだ」
「カルロス、無事だった!良かった」
ベルシエラたちがエンリケ派の魔法使いエスティリャと奇妙な果実に襲われた日、エルナンの師匠カルロスは1人別行動だった。植物の魔物を採取する道具を取りに村までもどったのだ。その道すがら、ベルシエラたちに訪れた危機が知らされた。
ベルシエラの伝言は仲間を連れて首都まで逃げ延びるようにという内容だった。しかしカルロスが信頼できる仲間に声をかけ終わる前に、旧領主主義過激派に属する村人が動き出した。
「伝言を聞くことが出来た魔法使いたちは、脱出するより守りを固めるほうが安全だと判断したんだって」
ヴィセンテは状況を説明した。カルロス師匠はベルシエラが予想していた通り、月の民であった。エルナンは親戚なのだという。
「あら、そうだったの!」
「カルロスはエルナンほど月の魔力を受け継いではいないみたいだけど」
カルロスは数人の仲間と力を合わせて魔法の壁を作った。意外なことに、村人のうち過激派だったのはさほど多くはなかった。多くは事勿れ主義で中立派である。カルロスたちは、過激派だけを村の外に追い出した。素人が捕まえても乱暴な逃げ方をされるかもしれない。そうなると却って害になるからだ。
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