226 ディエゴと魔法の箱
ヴィセンテのくれた甘い言葉にどぎまぎしながら、ベルシエラは救出を続ける。ヴィセンテの助力があったので、もうすぐ全員送り出すことが出来そうだ。
床はまだ見えないが、人々の表情からは絶望の色が薄れて来た。中には自ら浮き上がって炎球に入る魔法使いまで現れた。流石に一階の攻防に参戦するまでの体力や気力は残されていなかったが。
「居住区域から出てくる人数が明らかに減りましたね」
アルトゥールが風を起こしてヒメネス城砦軍の相手をしている。ベルシエラたちの仲間に加わった灰色の魔法使いも、灰白に発光する綿埃のような魔法を駆使して攻撃を跳ね返す。
「エンツォ、外に兄さんが見えた気がするんだけど」
1階と2階の境目に浮かぶ飛竜騎士の背中では、アイラが記録を撮っている。同時に他の魔法道具を使って自分の身を守ってもいた。ガヴェンが見たらさぞ褒めちぎることであろう。
「こんな危ないところに来るはずないわよね?」
「ディエゴお義兄様は、ギラソル領の状況を聞くなり春の狩場となるノコギリ鳥の森に飛び出して行ったそうなんだ」
アイラたちの側では、応援に駆けつけたゲルダとカッレ、そして隊長とエリザベスが2階の敵に対処している。2階も居住区域から塔へと雪崩れ込むヒメネス城砦軍は減っていた。
ガヴェンの妹エリザベスは、王宮からの使いで森番一家にギラソル領の現状を伝えに行ったのだそうだ。
ディエゴが血相を変えて森番小屋を飛び出した時、ひとつの箱を抱えていた。ノコギリ鳥の研究用に支給されている魔法の箱だ。鋭いノコギリ鳥の嘴にも傷つけられることのない素材で出来ている。蓋を開けるとノコギリ鳥を吸い込む装置が起動する。
「ベルシエラを助けに行く」
捕えたノコギリ鳥を抱えたディエゴは、森番小屋に戻って宣言した。
「お気持ちは解りますが、魔物が増殖して大変危険なのです」
「それはもう聞きましたよ」
「魔物には魔法でないととどめを刺せないのですよ。熟練の騎士でさえ、魔法使いと組まないと突破出来ないのです」
「貴女様も魔法使いですよね?」
ディエゴは、エリザベスの手袋に焼き付けてあるファージョンの家紋を目敏く見つけていたのだ。
「私は勅使ですから、同行は叶いません」
「では、王宮まで連れて行って下さい。そこで魔法使いを見つけます」
しばらくは押し問答をしていたが、最後にはエリザベスが根負けした。王宮に帰ると、そのままディエゴを連れてカステリャ・デル・ソル・ドラドへ行くようにとの勅命を得た。
「砦前の森を過ぎたあたりの外郭でお義兄様たちと出会ったんだ。エリザベスは、ギラソル魔法公爵への叛乱分子に関する全権委任状を運んできてくれたよ」
「やだわ。勅使様に兄さんが駄々を捏ねて無理やりついて来たのね」
「咄嗟にノコギリ鳥を使おうと思いつく機転が評価されたんだよ」
普段ディエゴは、広い王家の狩場から魔物や危険生物を排除する業務をしている。魔物については直ちに王宮へ報告し、目撃した地区を封鎖する。他の危険生物については、父子で対処する。
「まあ、必ずしも一般人とは言えない部分もあるけど」
「実際、お義兄様の作戦は上手くいったみたいだよ?」
「まさか、敵の勢いが弱まったのって」
壁に空けられた穴からは見えなかった場所で何が起きたのか。思わず想像してしまい、ベルシエラは青くなった。
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続きます




