234 ヴィセンテと古代の杖
再会の抱擁を諦めたヴィセンテは、ベルシエラの頬に素早く口付けた。
「エンツォ!」
ベルシエラは赤くなって睨む。
「そんなことの為に魔法を使って素早く動くなんて!」
動揺は魔法に影響を与えない。ながら作業でも精度が高いのだ。対象人数が多く、他の事まで手が回らない以外に不具合はなかった。だかこの作業は人命救助である。いくら正確な運用ができても、気を散らすことには罪悪感を覚えた。
ヴィセンテは筋力を補うために魔法を使っている。ヒメネス城砦にやって来たのは援護の為だ。魔法の力は充分にあるのだが、動き回れば体力を使う。病み上がりの青白い虚弱な人間は、素早い動きに耐えられない筈だ。
ベルシエラは不謹慎さを責めたのではなかった。ヴィセンテの体調を気遣って言ったのである。
「そんなことって何?シエリータは逢えて嬉しくないの?」
ヴィセンテは拗ねてみせるが、ベルシエラの気持ちは解っていた。解ってはいたのだが、会えて嬉しい気持ちも強かったのだ。そして、気遣われたことに舞い上がってもいた。
「今そんな場合?」
「怖い顔しなくたって良いじゃないか」
ヴィセンテは、今度はベルシエラの額に口付ける。
「もうっ!手伝ってくださるんじゃないの?」
愛妻に叱られて、ヴィセンテはいたずらそうに瞳の中でオーロラを揺らした。
「ククク、可愛いなあ。今やるよ!」
ヴィセンテは、まず一階の壁を崩して搬出路を確保した。
「そういえば、開祖の杖じゃないのね?」
ベルシエラは見慣れない杖に気がついて訊いた。
「うん。お城は杖神様がお護りくださってるからね。始祖の杖は本来の持ち主がお使いになってるよ」
始祖の杖は、杖神様が生前使っていた杖である。幽霊になってからも、この杖を媒体に魔法を使って来た。杖神様に新しい杖を渡すより、始祖の杖を返してヴィセンテが新しい杖を持つほうがよい。
「その杖はどうしたの?」
「倉庫に死蔵されてたんだけど、けっこういいやつだったから貰ったんだ」
ヴィセンテは穴を開けた後、赤い炎の球を作って被害者救出活動に参加する。装飾のない素朴な木の杖だ。ヴィセンテの膨大な魔法の力にも耐える頑丈な作りである。
「古そうね」
残念ながら遣い手の幽霊はついていない。
「元の持ち主の記録はあるの?」
「特になかったよ」
「昔、王宮博物館でみた古代の魔法木に似てるわ」
「魔物木?」
月の民の印はないが、エルグランデ王国建国時代の遺物かもしれない。
「魔法酔いを和らげる花粉が採れる木があるでしょ?」
「うん」
「ああいう魔物じゃないけど魔法の力を宿している木を魔法木って言うのよ」
「この杖はその魔法木で出来ているのか」
「おそらくだけど、今では絶滅してる古代の魔法木よ」
「貴重品だね」
ヴィセンテは嬉しそうに笑うと、ひょろひょろの身体で張り切って重たい杖を振るのだった。
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