219 雪龍飛来
一階の壁が大きく崩れて真冬の外気が流れ込む。海風が蚊柱の魔物を運んで来た。飛竜たちは軽く羽ばたいて羽のある小魚のような魔物を吹き払った。
「奥方様、一階の壁に穴が空きましたよ!」
カチアが叫ぶと、ベルシエラはその後に送り出す炎球を一階の穴へと向けた。ベルシエラは地道な作業を続ける。カチアたちは邪魔にならない位置でヒメネス城砦の衛兵たちとやり合っている。
「わっ、また来た」
粗方外に吹き飛ばされた衛兵だったが、塔と四角い建物とを繋ぐ扉から新手が続々とやってきた。その中にもいくらか王国派がいたが、大半はやはり旧領主主義者である。
カチアたちに仲間が守られているのを見て、王国派の人々は飛竜へと寄ってくる。うまく近くまで辿り着けた人は、どうにか光の膜に守られた。だが、辿り着けずに命を落とす者もいた。
城砦自体が魔物で出来ており、後続が途切れずにやって来るのだ。圧倒的に足りない人数では、どうしても守りきれない。
「援軍はまだですか」
ギラソル領の騎士が疲労を見せる。彼等は日の入りから月が高くなるまで、休みなく剣を握っている。騎士も魔法使いも腕が上がらなくなり始めていた。
「まもなく飛竜の第一陣が来るはずだ」
アルトゥールは皆を励ますように落ち着いた口調で答える。月は明るく照っている。アルトゥールの予想通りなら、人を乗せない飛竜の先発隊がそろそろ到着するはずだ。
終わりの見えない攻防戦に変化を齎す時が来た。カチアが動いたのだ。
「クライン殿、ここはお任せ致します」
「プフォルツ殿、何をなさるおつもりですか」
「上の様子を見てきます」
「ご無理なされず」
「無理はしませんよ」
言うなりカチアは2階へと跳び、飛竜を足場にさらに上まで上がって行った。3階にいた飛竜の上に出ると、もう敵兵は見えなくなった。
「ここには増援は来なかったのか?」
カチアは不思議そうに聞いた。
「この階は後ろの建物や塔の別の階から分断されておりますから」
3階の飛竜が言った。見れば床と天井に開けられた穴は階段を巻き込んでいた。この階は丁度穴を開けた位置に上下どちらの階段もあったのだ。
また、1、2階の壁にあった別棟に繋がる扉もない。ただ壁があるだけだった。もちろん、その壁も真っ黒に波打つ魔物の岩で出来ている。
もうひとつ上の階へ昇ると、壁に大穴がある。ベルシエラが円塔の横腹に開けた侵入路だ。今はそこから、被害者を乗せた炎球が自動操縦で塔の外へと運び出されてゆく。
「4階に行ってみるか」
「プフォルツ様、4階にも人はおらず、それより上層階から下りて来る気配もありません」
「そうか。そしたら、このメンバーで塔の上んとこを消しちまうことは出来ないし、下りるしかないな」
カチアは何気なく外を見る。
「なんだよ、いい月じゃないか。全く、酒の肴に持ってこいの絶景だってのに。やんなっちまうねぇ」
その時、月に翼竜の影が映った。援軍の到着である。
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