216 交戦の始まり
山の表面では、なんとか這い出そうともがく者もいた。全員が魔法使いのため、下の方にいる者でも窒息や圧死を免れていた。だが、部屋からの脱出に成功したのは灰色ローブの男が初めてだった。
「私を捕縛した魔法兵が、運良く潜入中の王国派だったんです。安全に動ける日には声をかけてくれました」
「なんで逃げなかったの?隠密魔法があれば、地下から出られるだけじゃなく、ヒメネス領から離れられたんじゃない?」
「1人なら若いうちに逃げてたでしょうけど」
灰色ローブの男は暗い顔になった。
「こう見えても家族はおります。助けを求めて本家や王家の元へ走る間に、家族が餌にされるかもしれません」
灰色の男の話を聞きながら、ベルシエラは壁を焼き払う。初めて試す魔物だけ焼く攻撃専用魔法だ。体内に入った魔物の毒だけを焼いた時に思いついたのである。
壁に使われていた黒い魔物は、瞬く間に灰となり消滅する。半分呑み込まれていた人たちは幸い命に別状はない。だが、地下なので剥き出しの土壁に押し付けられた状態である。あざが残る人もいれば、骨が折れた人もいる。
ベルシエラは天井の一部に穴を広げた。
「一旦上空に退避して」
何となく意図を察して、3人の飛竜騎士は空まで翔け昇る。
「皆さんも空に上げますからね」
ベルシエラは、青い炎で一息に人間の塊を掬い上げた。人々は何が起きたのか分からず、新たな脅威かと泣き叫ぶ。恐怖のあまり麻痺していた感覚が、別の恐怖で呼び覚まされてしまったのだ。
「みなさん!助けに来ました!セルバンテス本家のベルシエラです!」
ベルシエラの大声も、パニックを起こした人々には届かない。事前に声をかければ良いというものではない。もっと丁寧な説明が必要だった。何よりも、怯え切った人々を安心させるのが第一だったのだ。
「ベルシエラさん、眠らせることは出来る?」
「出来ます」
落ち込んでいるベルシエラに、先代夫人は現実的な解決策を示した。今は切り抜けるだけで良い。魔物の餌にされた心は、即席で癒されることがないのだ。心身のケアは、当面眠っていてもらうことで先延ばしになった。
眠らせた被害者たちをいくつかのグループに分け、炎の球を小さくする。ベルシエラは、魔物の餌場から助け出した人々を天井の穴から炎球に乗せて送り出した。
作業の途中で、先程とは別の衛兵隊が動き出す。ベルシエラは手が離せないので、上空から飛竜たちが降りて来た。背中に乗ったカチアたちは、各階で戸惑う兵士たちを退ける。
「さっきも思ったけど、あんたたち鈍すぎ。出て来る迄にどんだけ油売ってたんだい?」
カチアは挑発しながら本を掲げて魔法の光を放射する。優しげな茶色い光なのだが、当たれば衝撃があり焦げたような跡が残る。
「うわぁぁ!何だ何だ」
「龍だ!龍が襲って来た!」
「おいっ、人が乗ってるぞ」
「ぎゃあっ!魔法使いがいる!」
「敵襲ー!敵襲ー!」
突然現れた翼ある雪白の龍たちに、留守居の兵たちが騒ぎ出す。
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