211 外壁に穴を開ける
ベルシエラが両手を壁に向けて突き出すと、カチアが止めようと焦る。
「魔法を糧に増えたり巨大化したりする魔物もいるんですよ!」
「大丈夫よ。そのくらい対処できるわ」
援軍の到着が近いと知って、ベルシエラは出し惜しみをすっぱりとやめた。
「夜中には飛竜騎士団が到着しそうだし、エンツォも夜明け前には来るでしょう」
「え、だからといって無茶ですよ」
カチアは部下の前では山賊のようだったが、素人の判断には顔を顰めた。だが、城全体の魔法を測ったベルシエラは譲らなかった。
「明日には巡視隊の誰かが来てくれるんでしょ?魔物の処理だし、ガヴェンかフランツを送ってくれると思うから、もう体力を温存しておく必要なんてないもの」
「しかし、奥方様は砦でも雪原でもご活躍なされておられましたし」
「心配しすぎよ。花蜜茶だってあるもの」
ベルシエラは白い歯を剥き出して野生的に笑った。
ベルシエラの青い炎が、掌を包むようにして燃え上がる。閃光が走った箇所から少し離れた壁に狙いを定めると、ベルシエラは後ろの飛竜に向かって叫ぶ。
「さあ、みんな!もっと離れて!」
魔法使いたちは、それまでよりもっと大きな魔法の力に縮み上がった。クラインの飛竜騎士たちも恐れをなして上空へと逃げる。背中の人々は魔法で守られてはいるものの、怯えて鬣にしがみつくのだった。
「あらまあ、派手ねぇ」
先代夫人はベルシエラの隣に浮かんだままだ。幽霊も魔法の影響は受ける。つまり、先代夫人もベルシエラの魔法に耐えられるだけの遣い手だと言うことになる。時間を巻き戻したり、時空の壁を自由に超えたり出来る実力者なのだから当然と言えば当然なのだ。
ゴオッという音を立てて、青い魔法の炎が螺旋を描く。演舞場に揺れるドレスのように華やかに波打って、ふた筋の炎が蠢く岩の魔物を撫でてゆく。炎の端からは火の粉が散った。ジュウジュウと肉の焼ける匂いがした。
「岩じゃなかったのかしら?」
先代夫人が興味津々で観察している。アイラは離れたところで一部始終を記録に収めていた。
黒い岩壁は焼け落ちて、外壁にぽっかりと大きな穴が開いた。内側には廊下があったが、焼けた部分は床も崩れてなくなっている。反対側の壁まで焼き払われていた。
「見て、戻ろうとしてるわ」
先代夫人がいち早く穴に近づいて言った。
「よく見ると少しずつ再生してるわね」
ベルシエラも先代夫人の隣に行って、穴の縁を見た。飛竜たちも外壁までくる。
「穴が塞がる前に通り抜けてしまいましょう」
アルトゥールが冷静に言った。
「入ったらどっち行きます?右?左?それとも上か下?」
カチアがベルシエラに意見を求める。
(お姑様、ヒメネス城砦の構造は分かりますか?)
「残念だけど、知らないわ。私は生きてる時も死んでからも、ヒメネス領に来たことないのよ」
小説「愛をくれた貴女のために」でも、ヴィセンテがヒメネス海岸を訪ねる場面はなかった。麓の砦や平原の村、そして王宮には調査に行ったのだが。そして、エンリケが呪術商と取引した現場は、大胆にも黄金の太陽城であった。
ヴィセンテは、エンリケ個人を仇敵と定めて付け狙っていた。それ故に、捕まえて王宮に引き渡すことでヴィセンテの復讐は終わったのだ。
「それじゃ、光の出た場所を見に行きましょうか?」
「そうしましょう」
「それが良さそうです」
アルトゥールとカチアは、ベルシエラの提案に乗った。
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