210 純白の飛竜を待ち侘びる
ベルシエラの心配を余所に、ヴィセンテは魔法使いを連れていた。
(あんまり心配しないで。イネスから花蜜茶の水筒を譲り受けたから)
体調を回復させる花蜜茶は、クライン領でベルシエラたちが救助された時に分けて貰ったものだ。ベルシエラの側使えイネスとフィリパの分は手付かずで残っていたようである。
(回復すれば消耗しても良いわけじゃあないのよ?)
ベルシエラは厳しく意見する。だがヴィセンテは涼しい顔をしている様子である。
(それに、今回はお母様も行くよ)
「来たわよ」
「ひっ!えぇっ?」
幽霊の移動速度は尋常ではないようだ。ベルシエラの横に、突然先代夫人が顔を出した。
「奥方様?」
「見えない魔物ですか?」
ベルシエラがビクリとして悲鳴を上げたので、カチアとアルトゥールが警戒を高める。
「あ、ごめんなさい。通信してたのよ」
ベルシエラは誤魔化した。幽霊はベルシエラにだけ感知出来るのだ。説明するのは難しい。
「あのね、ベルシエラさん」
先代夫人は構わず話しかけてくる。
「こっちに来る途中で、飛竜騎士団がギラソル領に入るのが見えたわ」
「えっ、早くても明日になると伺ってましたが」
「事が事だけに、クライン家の決断も早かったみたいね」
思わぬ朗報にベルシエラの顔が綻ぶ。
「クライン殿」
「はい、奥方様」
「飛竜騎士団がギラソル領に入ったそうよ」
一同は遠く雪龍山脈の空に目を向けた。目を凝らせば、点々と白い影が夕陽の空に散っている。茜色に染まる雲が風に千切れて、白い水玉模様が染め抜かれている。まるで早春の花畑に舞う粉雪のようだ。
「思ったより速かったですね」
アルトゥールが情緒のない口調で言った。
「ええ、本当に感謝しております」
ベルシエラは心からの礼を述べる。
「それに思ったより沢山でしょ」
先代夫人が口を挟む。
「エンツォは森から巡視隊員を拾って来てもらうって言ってたわよ」
それでも森の村に人手が足りるほどの数を送ってくれたのだ。
「何と言っても、ベルシエラさんは巡視隊の皆さんと気心が知れているでしょう?」
(はい、それは嬉しい心遣いです。隊長とプフォルツ魔法公爵様から許可をいただけると良いんですけども)
「大丈夫じゃないの?向こうは数を減らすだけだから。本拠地を叩けばこれ以上魔物の数も種類も増やされることがないんだしね」
先代夫人ラクェル・ロサは相変わらず能天気である。自分は魔物エキスを盛られて衰弱死したというのに、スローライフを満喫して寿命で死んだ人のような雰囲気だ。
「何にせよ、飛竜騎士団の到着が待ち遠しいわね」
「おそらく人を乗せない先発隊が、追風の魔法を使って真夜中前には到着するでしょう」
「そんなに早く?」
「人も荷物も運んでいませんし、並走する魔法使いもいません。地上の馬車隊と速度を合わせる必要もないですから」
ベルシエラの眼がギラリと輝いた。宵闇の青紫が映り込み、凄みを帯びた戦士の眼差しだ。
「それなら、飛竜の皆様がそのまんまお入りになれるような、大きな窓を開けておきましょうね」
ベルシエラの発言に、カチアがアルトゥールの背から身を乗り出す。
「いやっ、ちょっと、未知の魔物にいきなりそんな」
次期エルグランデ王国魔物討伐隊長の額からは、一筋冷たい汗が流れた。
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