209 ヴィセンテの懸念
ベルシエラは改めてヒメネス城砦を眺める。ベルシエラの魔法でも、建物丸ごと焼き尽くすのは厳しいかも知れない。やって出来ないことはないが、ここの魔物を消して終わりではないのだ。
中に味方がいれば、まずは外に避難してもらうのが良さそうだ。助け出した人と捕まえた犯罪者の運搬もある。それが終わっても、森に溢れている魔物の処理を手伝わなければならない。
「余裕が欲しいわね」
「やはり援軍を待ちますか?」
ベルシエラの呟きに、カチアが反応した。
「いえ、待ってる隙に何か別の魔物を放たれたら厄介よ。援軍は要請だけしておきましょう」
ベルシエラはその場でヴィセンテとの会話を再開した。カチアたちからは黙り込んでいるだけに見える。魔法使いたちは、セルバンテスの秘術か魔法道具で通信しているのだろうと思って待機する。騎士たちはじっと次の指示を待つ。
(エンツォ、クライン領から飛竜騎士団が来てくれたら、なるべく多くこっちに派遣して欲しいわ)
(森より緊急?)
(ええ。森も砦も安定してるわ。こっちはまだどうなるかも分からないし、建物全部が魔物で出来ているから、空が使えるのはかなり有利だと思うの)
(分かった。飛竜騎士団が到着次第、ヒメネス海岸に向かってもらうよ)
ヴィセンテと援軍の割り振りを決めて、ベルシエラは会話を終えようとした。
最後にヴィセンテがふと気になることを訊いてくる。
(その建物、動き出したりはしないよね?)
ベルシエラは思わずカチアを見た。
「何でしょう?」
カチアはベルシエラの慌てた表情に、何事かと緊張した。
「この魔物が移動したり飛んだりする事って、考えられるかしら?」
飛竜の背に乗る人々に漂う空気が凍りつく。
「この魔物は民話伝承の類にも登場しません。完全に予測不能です」
カチアの声は硬い。
「似た魔物はいますか?」
質問するベルシエラの声も不安で震えていた。
「飛び回って風を起こす宝石は見た事があります。魔物は魔法を使いますから、無機物に見えても確かに油断は出来ませんね」
「恐ろしいわね」
一同は皆、同じ感想を抱いた。
ベルシエラは急いでヴィセンテに知らせる。
(カチア様によると、動く可能性もあるとのことよ)
(分かった)
会話の向こう側で、ヴィセンテが決断する気配がした。疑問が解けて納得したのとは違うようなのだ。ベルシエラは困惑した。
(え?何が?何が分かったの?ちょっと、ダメよ?エンツォ?何かしようとしてない?)
ベルシエラには嫌な予感がした。麓の砦での捕物が頭を過ぎる。
(エンツォ?来ちゃダメよ?来ないでよ?安静にしていてね?)
(飛竜騎士団への伝言はトムに頼んでおいたよ)
(頼んでおいた?伝言?ねえ、もしかして)
嫌な予感は的中したようである。
(エンツォ?体力は温存したほうがいいわよ?ねえ、今、何してるの?)
(待っててシエリータ、すぐに着くからね)
(エンツォ)
既に出発してしまったようである。
(ねえ、まさか小隊率いてはいないでしょうね?)
ベルシエラは更なる不安を募らせた。ヴィセンテの体力は回復しても満タンの値が小さいのだ。人まで運んで来たら、また寝込んでしまいそうである。




