205 ヒメネス海岸の魔物
ベルシエラたちはヒメネス領主の邸宅へと急ぐ。午後の日差しが雪景色に眩しく照り返していた。時を同じくしてヴィセンテは、エンリケが逃亡しないように目を光らせていた。
「ふん、なにが呪術か。悪心を混ぜたところで、弱い魔法使いの成すことなぞ話にもならん」
杖神様はエンリケに気づかれることなく、エンリケ叔父を黄金の太陽城内に拘束した。城から忍び出ようとしても、杖神様の魔法に阻まれるという寸法だ。
仕掛けが済むと、ヴィセンテはベルシエラに声を届ける。
(シエリータ、こっちは気にしなくていいよ。エンリケ叔父様は杖神様が捕まえてる。魔物は麓の砦で食い止めてるし、城までやって来る奴はいないんだ)
(それを聞いて安心したわ。こっちも期待しといて。アイラがいるから、証拠は抑えたも同然よ)
(最後まで気を抜いちゃダメだよ?シエリータ。またどんな魔物が隠れてるか分からないからね)
(気をつけるわ。少なくとも2種類は魔物を増やすことに成功してた連中ですものね)
ヒメネス海岸地域は古代から魔物がいなかった。渡来人の港が建設されたのもその為である。だから、この地方本来の環境と違う様子があれば要注意だ。洞窟の時と同様、魔法で原生地に似せていると考えられる。
ヒメネスの邸宅は海岸の崖から切り出した黒い岩で出来ていた。館というより砦のような外観である。海を臨む円筒形の塔がひとつ際立って高く、陸地側に四角い建物がぴたりと3つ連なって建つ。
「奥方様、この岩は」
黒い城砦に近づくと、魔物討伐隊のカチアが眉を寄せた。
「ええ、魔物ね」
ベルシエラの表情も硬くなる。魔法の気配が強く、よく見ると表面が波打っていたのだ。
「アイラ、場所の記憶を見られる?」
「はーい」
アイラが思い出見える君を起動する。ベルシエラたちは城の横手で防護の炎に包まれて眺めている。金色の日付が空中に現れて、投影が始まった。日暮どきが映されると、海から虫の群れが上がって来るのが見えた。
「奇妙な虫ですね」
アルトゥールが目を細めて観察する。蚊柱のように小さな羽虫が渦巻きながら移動している。
「羽があるけど、脚がないわ」
ベルシエラは不快感を声に滲ませる。
「鱗がありますね。ヒレもあるし魚みたい。古代ヒメネス海岸に生息したといわれる粘液の魔物に似ています」
カチアが冷静に言った。魔物は概ね使う魔法で呼ばれている。霧を出して迷わせるギラソル平原にいた魔物は「霧の魔物」だ。毒の棘を飛ばす森の魔物は「棘の魔物」である。
魔法酔いを起こさせる魔物は果実のような部分に魔法毒があるが、茎の部分を伸ばして蔓のように振るう魔法も使う。カチアたちは生育環境から「渓流の魔物」と呼ぶ。ベルシエラたちは漠然と「植物の魔物」と呼んでいた。




