204 いよいよ本丸へ
ベルシエラは、稀代の天才魔法使いとして王から姓名を賜った。森番一家がつけてくれたベルシエラに加えられたのが、ルシア・ヒメネスの名前である。
黒髪の戦士一族から攫われたルシア。一族とはぐれてノコギリ鳥の森で拾われたベルシエラ。
ルシアはエルグランデ王国を滅ぼす為にセルバンテス本家に送られた。縁組は叶わなかったものの、分家の地位を手に入れた。その時を境にしてセルバンテス本家は緩やかに衰えていった。
かたやベルシエラは、王命でセルバンテス本家に嫁がされた。建国の功臣セルバンテス家にかつての栄光を取り戻す為だ。
魔物を一掃し、陰謀を完全に終わらせることは、ルシアへの鎮魂ともなるだろう。
「次は領主館ね」
ベルシエラは決意を新たに海岸の洞窟を後にした。海を望む崖の上に、ヒメネスの館は建っている。刻は夜半、季節は厳冬。冴え返る月は冬空の煌めきを凍らせ、冷たい風が身に染みる。
ベルシエラは夫の佇まいを瞼の裏に浮かべた。
(エンツォ、まだ起きてる?)
声をかけると、待ち構えていたヴィセンテの返事が返って来る。洞窟で思い出見える君3号を起動する時に一旦心の会話を切っていたのだ。
(シエリータ!ヒメネス海岸の記録はどうだった?)
(私たちが襲われた場面がばっちり写ってたわよ)
(証拠になるかな)
(それだけだとその時の実行犯と、魔物の飼育員しか捕まえることは出来ないと思う)
(ヒメネス領主のエンリケ叔父様に責任が問えるでしょ?)
(主犯が領主一族だと証明しないと、監督不行き届き程度で有耶無耶よ)
エンリケは王宮にも支援者がいるほどの手腕を持つ。分家の当主でありながら、王家が主催する式典で本家の紋章と家訓を飾ったマントを身につけていた。それが見逃されるということは、王にも立場を認められた存在だと言うことだ。
(流石に王様はヒメネス旧領主主義者じゃないと思いたいけど)
(その点はソフィア王女様に伺ってみれば?シエリータの姉貴分なんでしょ?)
(そうね。そうしてみるわ)
いずれにせよ、エンリケがこの度の陰謀で中心的な役割を担っていたという動かぬ証拠を掴むしかない。そうでなければ、軽い処罰で済まされてしまう。
(これから領主館のガサ入れよ)
(ガサ……なんだって?)
(お姑様ならご存知だと思うわ。領主館で証拠を探すってことよ)
(家宅捜索だね)
(そういうこと)
エンリケ派の研究員は、砦の地下で詳細な記録を残していた。それならば、この洞窟での研究記録も残されているに違いない。万が一現物が破棄されていても、ベルシエラたちには思い出見える君3号があるのだ。
「アイラさんマジ有能」
「は?」
「いえ、何でもないわ。引き続き、道具の力を貸してね」
「はい」
「それじゃあ、ぼちぼち移動しますか!」
ベルシエラはヴィセンテと心の会話を交わせて元気が出た。アルトゥールは生真面目に頷く。皆がゾロゾロと歩き始めた時、ギラソル領の人々は懐から携帯食糧を取り出した。
(人選に間違いはなかったわね。1日5食おやつ付きの人種だわ)
彼らは間違いなく、生粋のギラソル領民であった。
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