202 ガブリエラ・ヒメネスの足跡
アルトゥールたち3名の飛竜騎士は人間の姿へと戻る。12名は狭くて暗い洞窟を奥へと進む。ベルシエラとカチアがいるので、罠と呼べるほどの罠はない。海水の滝を降りて地底へと到達する。
「残骸すらないのね」
滝壺には何もない。流れ落ちた海水が波立ちながら、海へと戻る岩穴へと消えて行くだけ。前回訪れた時にはぎっしりと生えていた、どぎつい縞模様の果実をつけた植物の魔物は欠片すら見えなかった。
「水も海水に戻ってる」
地底の空間には、磯の香りが満ちていた。
「でも、毒は残ってると思うわ。みんな、水や岩を直に触らないようにね」
ベルシエラの炎で護ってはいるが、万が一に備えて念を押す。
「調べて良いですか?」
アイラが短い紐を取り出した。何かの道具なのだろう。
「その紐で調べられる事は何かしら」
ベルシエラは確認する。
「魔物の痕跡です」
「分かったわ。お願いします」
アイラは紐を振り回す。紐は真っ赤に染まった。
「この場所には、確実に魔物がいましたね」
紐をしまってメモを取りながらアイラが言った。
「それじゃ、思い出見える君3号の出番ですね」
「ええ、お願いするわ」
アイラがヘアバンドのようなものを目元まで下ろす。道具が金色に光って空中に本日の日付が現れた。ややあって前日になる。その後は等間隔で1日ずつ遡っていった。しばらく洞窟の風景は変わらない。
「私たちが来た日ね」
ベルシエラたちが洞窟で攻撃を受けた日になった。時間が経過し、ここでの不意打ちが映し出される。声や匂いもあった。
「妙な感じね」
立体映像が流れる中には、当然ベルシエラもいる。ホームビデオを見ている感覚だが、五感に訴えかけて来る。
(未来のVRはこんな感じなのかしらね)
暴れ回る植物の魔物は毒々しい。エンリケ派の魔法使いが攻撃する様子も生々しかった。カチアは顔を顰めている。他のメンバーも声を失って映し出される場所の記憶に見入っていた。
そのまま日付を遡って行くと、赤毛の若い女性が滝を下って来た。地底に降り立つ身のこなしから見て騎士だろう。紫色の髪をした壮年の魔法使いを連れている。下降は魔法の力を借りた。
魔法使いは黒い箱を持っていた。よく見ると単なる木箱だ。素朴な木箱の周りに黒い靄がかかっているのだ。魔法使いは滝壺に近付き、手をかざす。腕輪が光ると海の臭いが消えた。
「真水は魔法だったのね」
「そうみたいですね」
魔物の作用で真水になったわけはないと判明した。原生地の環境を魔法で作り出していたのだ。
紫髪の魔物使いは箱を開ける。ベルシエラがここで目撃した植物の魔物である。魔法使いは水の中に魔物を数体入れた。
「出来損ないのマテオで効果を試してみよう」
「ガブリエラ様、食わせるとその場で死ぬかも知れねぇですぜ」
ベルシエラは、はっと息を呑む。
「ガブリエラ……!」
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続きます




