200 再びヒメネス海岸の洞窟へ
ベルシエラは浄化の魔法が復活したことを知らせるべく、自領の者たちを呼び集めた。
「ギラソルの騎士と魔法使いは、ちょっと集まって」
月の民ではない魔法使いと、魔法が使えない騎士たちがやってくる。
「みんなに伝えたいことがあるの」
皆大人しく聞いている。
「月の民は知ってるでしょ?」
皆は頷いた。
「末裔の中でも血が濃く出た人が、先ほど古代の秘術を復活させました」
「えっ?」
「どんな?」
聴衆が騒めいた。
「浄化よ。魔物の毒を消し去ることが出来る魔法なの。失伝していたけど、復元に成功したのよ」
「おお」
「朗報だな」
皆は喜んで囁きあった。
ベルシエラに連れて行かれたエルナンと老人が浄化の遣い手らしいことは、容易に想像がついた。黄金の太陽城で毒の被害者を治療しているだろうことも見当がつく。
「それから、もうひとつあるの」
「今度はなんだ」
「秘術がふたつも?」
良い知らせを期待して、魔法使いと騎士がそわそわし始める。ベルシエラはにこりと笑う。
「いえ、ごめんなさい。秘術じゃないの」
「じゃあなんだろう」
「何があったんだ?」
ざわざわと小声で話す聴衆に、ベルシエラは端的に伝える。
「ヒメネス海岸の洞窟で、植物の魔物が見つかりました」
魔法使いと騎士たちは、水を打ったように静まり返った。みるみる顔が青褪める。
「洞窟と領主館の調査に行くわよ」
ひとりの魔法使いが手を挙げる。
「どうぞ」
ベルシエラが発言を促す。
「あの、浄化が出来る魔法使いは一緒に行きますか?」
「できれば途中で合流して貰いたいけど、それまでは私の解毒で我慢して」
「奥方様は解毒が出来るのですか」
「ええ。でも試用段階だから、浄化ほど安心して使える魔法じゃないんだけど」
騎士たちは不安そうに視線を交わす。試用という言葉は、砦の人体実際を連想させた。一方、魔物使いたちの顔には安堵の色が広がった。魔法使いたちはベルシエラの実力を理解していたからだ。
「魔物討伐隊からもひとりは同行してもらうつもりよ。ギラソル領内で収められる問題じゃないし、専門家がついて来て下されば安心でしょ?みんなはどう思う?」
「魔物討伐隊の人なら頼もしいですね」
「やはり専門家は必要だと思います」
これには騎士たちも魔法使いたちも同意した。ひとりと言わず一小隊を派遣して欲しいというのが本音だ。しかし贅沢は言えない。
「明日には飛竜騎士も借りられると思うけど、それまでは待てないわ。なるべく早く移動したいの」
森の村はかなり戦況が安定してきている。ギラソル領の人員を少し連れて行っても大丈夫だろう。だが、植物の魔物が増える速度は分からない。いつなんどき魔法騎馬隊のような集団が森に魔物を運んでくるか、ベルシエラは気が気ではなかった。
「分かりました」
ギラソル領の騎士と魔法使いは表情を引き締めた。未知の魔物に立ち向かうのだ。恐怖を抑え込もうと必死である。
「ここにいる黄金の太陽騎士団と白銀の月魔法団の全員で行くのですか?」
魔法使いが質問した。
「いえ、半分は村に残ってもらうわ。ギラソル領のことを、全部外の方々にお任せするのは筋違いだもの」
ベルシエラには領主夫人としての矜持が芽生えていた。民間療法にしか興味のなかった一周目のベルシエラはもういない。ヴィセンテの幸せを願って始めた行動で、ベルシエラ自身の気持ちにも変化が現れている。
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