20 30年前の恩義
隊長の昔語りに、皆は熱心に耳を傾けている。
「今からもう、30年も昔の話だ」
隊長は、蜂蜜レモンを口に含んで一呼吸置く。
(えっ、隊長様、30歳以下ってこと?えぇー)
立派な風貌と厳格な雰囲気から、ベルシエラは隊長のことをてっきり40代後半から50代前半だと思っていた。頼れる大人だな、と。
「ああ見えてお若いでしょ?」
ゲルダがヒソヒソと話しかけると、ベルシエラは全力で同意した。森番一家も驚いている。巡視隊員は流石に知っていたらしく、反応せずにまっすぐ座っていた。
「隊長」
フランツが不思議そうに声を上げた。
「なんだ」
「セルバンテスは代々病弱なんですよね?」
「そうだな」
「屈強な先代マルケス伯爵夫妻を、どうやって遭難から救ったんです?」
隊長は、よくぞ聞いてくれたとばかりに両膝を打った。
「そこなんだ」
一度はごくりと唾を飲み込む。
「30年前、新婚時代の先代セルバンテス夫妻は、それなりの魔法が使えたんだそうだ」
「おふたりとも?」
フランツが確認する。
「おふたりともだ。今回と同じように、魔法が得意なお嬢さんを他家から迎え入れたのだ。貴族ではあったがな」
「それじゃ、先代が発病したのは、もっと後ですか?」
ガヴェンが細い躑躅色の眉を寄せた。
「ああ。長子のヴィセンテ殿が誕生してまもなく、一家はことごとく魔法酔いを発祥した。持ち堪えてはいたのだがな。せっかく恵まれた次男、三男、と立て続けに亡くなられてなあ。ご夫婦も今では土の下におられるのだ」
「それ、本当に遺伝病なんでしょうか?」
ゲルダの問いには、隊長が残念そうに首を振る。
「残念ながら、もう何世代にも渡って現れる症状だからなぁ」
ベルシエラは、ふと思いついて発言する。
「隊長様、それ、土地のせいでは?特有の気候とか、植物とか、動物とか、何かありませんか?」
それにも隊長は首を振った。
「いや。発病するのは決まって当主夫妻とその子供たちだけなんだ」
「だったら、やっぱりおかしいわ」
ベルシエラはおもわず呟く。
「何がだね?」
聞き咎めた隊長を、ベルシエラはまっすぐに見返した。緑がかった藍色の瞳が戸惑うことなく隊長を見る。
「エンリケ・ガルシア・セルバンテス様は、何故発病しないのですか」
「そういえば、そうだな」
隊長は、初めてその点に気がついたようだ。エンリケがあまりにも自然に活動している為、誰も疑問に思わなかったのだ。エンリケは先代の弟、すなわち先々代本家当主の息子である。法則通りなら、もうこの世にはいないはず。
「発病しなかったり完治した前例はあるのでしょうか?」
「確かにあの方はすこぶるご健勝だよな」
フランツが皮肉っぽい笑顔で頷いた。
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