197 もうひとりの継承候補者
ヴィセンテを洞窟に残して、ベルシエラはエルナンを呼びに行った。もう日暮れだ。茜色に染まる空の下で森は黒々と沈んでいた。その一部だけ、子供が絵の具を溢したような場所がある。赤、茶色、青、金などの色が付いた光で染められている。
シルエットになった飛竜騎士たちは、森に降りたりまた上空に上がったりしていた。近づくと、飛竜の背に乗る魔法使いや射手もいた。エルナンもそのひとりである。
「クライン殿、エルナンを借りてもいい?」
「お借りしているのはこちらですよ」
ベルシエラが声をかけると飛竜騎士を率いるアルトゥール・クラインは生真面目に答える。
「いまエルナンが抜けて大丈夫?」
「はい。発着所が出来てから効率がよくなりましたので」
ベルシエラが樹木ごと焼き払って作った発着所は、村を守る騎士たちに有効利用されていた。飛竜が飛び立ちやすいだけではない。広場に魔物を集めて焼き払うことで、一度に退治出来る個体数が格段に上がったのだ。
「討伐する量が繁殖する速度を上回っていれば良いのですが」
アルトゥールは弱音を吐いた。効率が上がって心にゆとりが生まれていた。緊張の糸が微かに弛んで不安が生まれたのだ。
「砦の研究員が付けていた記録を調べれば、繁殖速度が判るんじゃない?」
「記録を手に入れたのですか」
「ええ。お城は避難所の開設で犯罪者や押収品にまで手が回ってないみたいだけど」
森一面の魔物である。討伐目標数もなく相手を続ければ、人間側の消耗が激しく危険だ。目標値があれば、休憩のローテーションも組みやすい。
「なるべく早く確認していただければ助かります」
「そうね。エルナンの用事が済んだら見てくるわ」
結局のところ、ベルシエラは自由に動いている。立場的にも実力的にも、単独行動が一番効果的なのである。
エルナンを炎の球に入れる時、淡々と作業をしている老魔法使いにも目を付けた。実験体にもされず、静かに生き延びてきた強者である。ベルシエラは洞窟への道すがら、エルナンに老人のことを聞いてみた。
「あの方はヴィセンテ派かしら?」
「どうでしょうか。寡黙な方ですから。ただ、魔物を増やしたり棘を収集したりという作業には関わっていなかったと思います」
「あなたの師匠とは仲が良かった?」
陰謀が進行中だったギラソル領では、人間関係に偽りも多いが判断材料にはなる。
「そう言えば、休憩時間や修練を共にすることも良くありました」
「そうなのね。話してくれてありがとう」
「いえ、お役に立てましたなら光栄です」
洞窟に戻ると、早速ヴィセンテは浄化の魔法をエルナンに授ける。エルナンは、地獄のような実戦も経験して感覚が鋭くなっていた。すんなりと継承を終える。
「エンツォは疲れちゃうといけないから、お城にいる被害者の浄化と解毒は私とエルナンでしましょうか」
「そうしてくれる?ふたりでなら早く終わるだろうし」
「もうひとり浄化を覚えて貰えそうな人もいるんだけど」
ベルシエラは老魔法使いのことを告げる。ヴィセンテが答える前に、砦の3人組幽霊が進み出た。黄金の太陽騎士団所属で砦の噂話を教えてくれたノッポ、ヒゲ、コデブである。
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