195 銀色の魔法使い
ヴィセンテはセルバンテスのオーロラ眼を持って生まれた。杖神様も驚くほどに濃くはっきりとしたオーロラが薄灰青の瞳に揺らめく。同時に月の民の銀髪も受け継いだ。こちらも純血と変わらないほどの輝きである。
(あとは、エルナンなら)
見習い魔法使いエルナンは、月の民の杖を引き継ぐ青年である。形式だけではなく、銀髪の輝きも潜在能力も申し分ない。
(エンツォが復元に成功したら、エルナンを呼んでみましょう)
(いいね。エルナンなら悪心もないみたいだし)
すぐに思いつく魔法使いは他にいなかった。月の民の印がついた杖を持つ魔法使いは見かけた。だが、エルナン以外はまだほとんど知らないのだ。口を聞いたこともない相手に声をかけることによって、余計なトラブルを引き起こしかねない。
洞窟に着いたヴィセンテは、痩せ細った腕をベルシエラに巻きつけた。波打つ黒髪に青白い顔を埋め、幸せそうにじっとしている。ベルシエラも幸せだが、幽霊とはいえ衆目の的になるのは落ち着かない。
「エンツォ」
「もうちょっとだけ」
「みんな見てるわ」
「みんな?」
ヴィセンテに幽霊は見えない。声だけは聞こえるが、それにも制約がある。氷盃の儀式を受けた歴代当主とその配偶者とだけ話ができるのだ。正確には、幽霊と話せる力はないのである。古代の秘術で心の会話が出来るというだけだった。
ベルシエラは必死に分かってもらおうとする。
「あのね、ご先祖様方やお城で暮らしていた人たちの幽霊がたくさんいるのよ」
「いまも?」
ヴィセンテは、幽霊からの情報をベルシエラと先代夫人から聞いてはいた。ざわめきは聞こえないし姿も見えないので、今この洞窟に幽霊がひしめき合っている実感が湧かなかった。
「そうなのよ。だから、恥ずかしいからやめて?」
「残念だなあ。後でぎゅっとしよ?」
「後でね」
ヴィセンテは拗ねた子供のように目を細めた。ベルシエラは静かにヴィセンテの背中をさする。
「あっ、もうっ!」
「ククク、シエリータ、かわいいなあ!」
ヴィセンテは離れぎわにベルシエラの頬に唇で触れたのだ。
「いいから、早くしましょう」
銀髪の少年は当主の直系ではなかった。ベルシエラの思いつきで、始祖の杖を媒介にして知識を引き継ぐ試みを行う。
「僕にうまく伝えられるでしょうか」
少年には自信がない。
「最初に月の民が魔法を手に入れたのは、この杖を介してのことだったんですもの。きっとうまく行くわ」
「いちばん上手だった人が使ってる様子を思い出してみて」
ヴィセンテは杖に向かって言った。優しい声だが、視線はそっぽを向いていた。少年の幽霊がいる場所は解らないのだ。杖を介して知識を得るのだから、杖のそばにいるだろうと目星をつけたのである。
その様子がおかしくて、ベルシエラと幽霊たちの気持ちが和む。少年の顔にも微笑みが現れた。
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