194 浄化の魔法
黄金の太陽城が建つ山の中腹まで来ると、ベルシエラはひとり月の民が暮らした洞窟へと向かう。村人を乗せた炎球は無事城まで着けるように調節した。
禿山の岩穴に入り、かつて月の民が暮らした集落跡地へと降りてゆく。始祖の杖はヴィセンテの手元にあるので、中央には何もない。空間は以前訪れた時と変わらずに幽霊たちで埋め尽くされていた。
「おや、ご当主夫人。いかがなされましたか?」
入り口付近にいた幽霊が話しかけてきた。
「浄化の魔法を覚えている方はいらっしゃる?」
ベルシエラは幽霊たちに聞いた。幽霊たちは互いに顔を見合わせている。しばらく待っていると、銀髪の少年幽霊が群衆を掻き分けて降りてきた。
「こんにちは。僕は400年ほど前に浄化が間に合わず命を落としました」
「まあ、それはお気の毒に」
「僕、魔法が下手で、出来ないのが嫌だから練習もあんまりしなくて」
「でも、やり方は知ってるのね?」
「はい」
少年はひとつ頷いた。側にいた古めかしい服装の青年幽霊が驚いて少年を見た。
「400年前にはもう魔法の苦手な子がいたのか」
少年は暗い顔をした。
「いや、責めてるんじゃないよ?」
青年幽霊は言った。
「私はかれこれ300年ほど幽霊のままなんだが、私たちの世代には月の民の血が薄れて、銀髪は滅多に生まれなくなっていたんだ」
「そうなんですか?」
少年は青年を見上げた。
「月の民は、杖神様の魔法に触れて魔法使いになった一族だってことは知っているね?」
「はい」
少年は悲しそうに俯いた。
「僕、銀髪だけど魔法は下手なんです」
「それは残念なことだけど、私のように銀髪を受け継げなかった者は、浄化の魔法も受け継げなかったんだよ」
浄化の魔法は月の民しか受け継げないようだ。血が薄まって身につけられる人が減った。銀髪でもうまく使えない人も出てきた。
杖神様は月の民に変化をもたらしたが、本人は浄化の魔法を使えなかった。自分と同じオーロラ眼の一族に浄化の魔法を遺すことは叶わなかった。
現在洞窟にいる幽霊の中で、僅かなりとも浄化の魔法がわかるのは少年だけのようだ。雪原の孤児アラリックや始祖王レオヴィヒルドの親友レウヴァは、人生に満足してこの世を去った。浄化が使えた時代の血族たちも、みな満ち足りて自然に還ったようである。
(銀髪といえば)
ヴィセンテは眩く神秘的な銀髪である。ベルシエラは一縷の望みを夫にかける。セルバンテス当主として引き継ぐ古代の秘術には、浄化が含まれていない。だが、ヴィセンテは月の民ルナの末裔でもある。銀髪の輝きから見て、先祖返りの可能性が高い。浄化の魔法への適性はあるはずだ。
(エンツォ、いまどんな様子?)
(避難民にスープを配ってるとこ。みんなまだ不安そうにしてるよ)
(さぞ怖かったでしょうからね)
森の村にも魔物避けの防壁はある。だが、ここまでの大群は予想していなかったのだ。村長によれば、防壁がついに耐えきれず消えてしまいそうになった時、黒髪の戦士たちが駆けつけてくれたのだそうだ。
(もし元気ならで良いんだけど)
(何?)
(月の民がいた洞窟に来られる?)
(杖神様がいらしたとこ?)
(そう)
(分かった。いいよ)
少年の持つ知識から適性がありそうなヴィセンテが、失われた魔法を復元できるかもしれない。ベルシエラは祈るような気持ちでヴィセンテの到着を待った。
お読みくださりありがとうございます
続きます




