193 森の村人を救助する
ベルシエラが戦列を跳び越えて最前列に躍り出る。
「おいっ!」
「邪魔だ!」
「下がれ!」
討伐隊員が怒号を上げる。だが、その語尾が消えるより早く、彼らの視界が開けた。押し寄せる魔物と毒針で隠されていた森の景色が見えてきた。
「熱っ」
「おい、草や葉っぱが焼けてるぞ」
「ふざけないでよ。髪が焦げたわ」
攻撃の炎には人体も焼けるのだ。魔物討伐隊員は恨みがましくベルシエラを睨む。
ベルシエラは身を低くしてナイフを顔の前に構えている。手首を柔軟に動かすと、青い炎が生き物のように魔物の群の中を這い回る。腕全体は固定した状態で肘を回転させると、ベルシエラの前に半円状の空間が出来上がった。魔物は灰となり灰は消滅した。
魔法の刃はその場の木々も切り倒した。枝いっぱいに魔物を乗せた木々がドサリと音を立てて横たわる。ベルシエラは木ごと棘の魔物を焼き捨てた。
「このくらいなら木がなくなっても生態系に影響はないでしょ」
美空だった時の感覚で、大規模な伐採や焼き討ちには気が進まないのだ。
「セイタイケイ?」
フランツの父が率いる魔法討伐隊員たちには、何のことやら分からない。黒髪の戦士たちはハナから興味がなくて聞いていない。巡視隊の面々も初めて聞く言葉だった。
「この森がこの森のままでいられるってことよ」
「へー」
一同にはやはり理解が出来なかったが、漠然と環境保全の精神だけは伝わった。
ベルシエラを見下していた討伐隊員たちも、流石にこの荒技を目の当たりにしては黙るしかない。早々に巻き込まれない位置まで退がる。
巡視隊は安全圏で魔物と戦っている。黒髪の戦士たちは相変わらず自分達のペースで魔物を処理していた。
「このくらいの広さなら、3回程度で全員上空に上げられるでしょ」
森の村の人口は100人程度である。数人ずつ炎の球に乗せて運ぶので、ひとつずつ上空へ運ぶと時間がかかる。一度に幾つかの球を打ち上げれば短い時間ですむ。その時木々にぶつからないように場所を開けだのだ。
「それじゃ、お城に連れて行くわね」
村人全員を空に逃すと、ベルシエラも飛び立つ。
ベルシエラは移動しながらヴィセンテと相談した。
(エンツォ、円舞室か大食堂を開けられないかしら?毛布のストックがあればもっと良いんだけど)
(村人は大勢助かったの?)
(ええ。黒髪の一族がいち早く守ってくれていたみたい)
(お礼を受けてはくれないだろうなあ)
(心苦しいけど、彼等が立ち去る前に言葉でだけでもお礼を伝えたいわね)
(間に合うと良いんだけど)
戦士たちは用が住めば次の被災地に向かうだろう。魔物の被害が大きい場所を感知して移動するのだ。彼等に定住地はなく、常に旅の空だ。彼等は、魔物から人を守るのは使命だと思っている。感謝されても戸惑うだけだった。エルグランデ王国に住む他の人々とは価値観が全く違うのだ。
(ベルシエラ、お城に寄る?)
ヴィセンテは期待を込めて聞いてくる。
(ごめんなさい、私は始まりの洞窟に行くわ)
(何か気になることがあるの?)
ヴィセンテはあからさまに落胆の色を見せた。ベルシエラはズキンと胸が痛む。すぐにでも慰めたいが、ぐっと堪えて計画を続行した。
(ええ。浄化の魔法を探しに行くのよ)
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