192 失伝した魔法について
この場で最も必要な機能は、紫色の棘にやられた毒の手当てだ。今のところはベルシエラにしか処置が出来ない。放置すれば命を落とす毒である。
「魔物の毒は無理だ」
魔物の毒に限らず、解毒が間に合わない場合はある。討伐現場は清潔とも言えない。不衛生からくる死亡も後を経たないのだ。
まして魔物は、触れるだけでも命を落とす存在である。黒い魔法使いたちが平然と実験を行っていたので、ベルシエラは感覚が麻痺していたことに気がついた。
「そうだったわね」
ベルシエラはため息をつく。
「大昔に月の民は、子供でも魔物の毒を浄化出来たっていうのに」
アイラはその言葉を聞きつけて茶色の瞳をギラリと光らせた。
「ギラソル魔法公爵夫人、その話、詳しく聞かせていただけませんか?」
「え、詳しくといっても、失伝したってことしか分からないのよ」
「失伝したってことは、かつてはあったということです」
「そうだけど」
ベルシエラはアイラの勢いに狂気に近い熱量を感じた。チラリとガヴェンを見ると、村の防壁を維持しながら、アイラの顔をにこにこと愛でていた。
「月の民というのはどこに住んでいたのですか?」
「ギラソル領の」
ベルシエラは言いかけてはっと口をつぐむ。
「ギラソル領の?」
アイラが鸚鵡返しに言った。
(そうよ。月の民の魔法は杖神様から教わったもののはずだわ。幽霊の記憶は薄れずに蓄積する。なのにどうして失伝したのかしら?)
「ごめんなさい、まずは村人を避難させるわ」
ベルシエラは森の生存者捜索や、黒髪の戦士たちとの連携を後回しにする。花蜜茶の劇的な効果を考えれば、浄化の魔法が復活できれば生存者の治療が楽になる。魔物の毒に怯える必要も無くなるだろう。
「隊長、プフォルツ魔法公爵様、戦士の皆様、クライン殿、村人を避難させます!また戻りますので、この地は一旦お任せ致します」
「よし、分かった、ベルシエラ」
隊長が答えた。
「避難?どうやって?」
「ベルシエラに任せとけって、親父」
魔物討伐隊長プフォルツ魔法公爵の疑問は、フランツが封殺する。
「引き受けました」
アルトゥールが堅苦しく頷いた。黒髪の戦士たちは無反応で魔物を相手にしている。
ベルシエラは屋内にいる村人たちをひと家族ずつ炎の球に入れた。村人は一般人なので、魔物を見てショックを受けないように外は見えないようにしておく。村中を駆け回り避難準備を終えると、ベルシエラは集中する。
「村の外に発着所を作るわ。みんな下がって!」
突然出てきた若い女性に指図されて、戦士たちや魔物討伐隊員たちは反発した。聞こえないふりをしている。
「まあいいわ。その実力なら避けられるでしょ」
ベルシエラは呟くと、青い炎を纏わせたナイフを構えて魔物の群に飛び込んだ。
お読みくださりありがとうございます
続きます




