191 ガヴェンの婚約者
森の上で待機している白い飛竜の上には、ひとりも乗っていなかった。
「クライン殿」
ベルシエラは飛竜姿のアルトゥールに呼びかけた。
「奥方様、お待ちいたしておりました」
「地上はどう?」
「この下の村に人々が避難しているようです」
森の中にはいくつかの小集落や離れ小屋があるが、責任者のいる村はここだけだった。
「木のウロや岩室の中で生き延びてる魔法使いもいるかも知れないわね」
「そうですね。ここを拠点にして探しに行くのもひとつの手ですね」
「とにかく一回降りて相談してみるわ」
下にいるのは、百戦錬磨の魔物討伐隊本隊である。合流したのは適応力の高い巡視隊だ。経験が浅いベルシエラがひとりで決めるより、相談した方が良さそうである。
「貴方も来てくれる?」
「分かりました。行きましょう」
今後の方針を決めるには、飛竜騎士の同席も必要だった。彼らは貴重な飛行部隊だ。
アルトゥールはするりと飛竜の姿を解いて森の中へと降りてゆく。ベルシエラも並んで地上へ降りた。その村は森と一体化していた。人々は木々の間を利用した特殊な作りの家に住んでいた。
「ベルシエラ!村人を城に運べるか?」
巡視隊の隊長は、ベルシエラを見るなり聞いて来た。ガヴェンとフランツが交代で村に防壁を張り、魔物討伐隊本隊が押し寄せる魔物を叩いているようだった。
「そのために来たのよ」
「流石ベルシエラ!頼りになるぜ」
ガヴェンがおどけた垂れ目でウィンクすると、躑躅色のまつ毛が魔法の光で煌めいた。
「ベルシエラ、こっち来い!紹介しよう、俺のアイラだ!」
「え」
ベルシエラは戸惑った。アイラと言えば、ガヴェンの婚約者である。事情はよく分からないが長く婚約していて、再来年ようやく結婚するらしい。ベルシエラたちの結婚式の時に、ガヴェンはそんな話をヴィセンテとしていた。
この場面でわざわざ紹介される意図が分からなかった。状況から見て、魔物討伐隊本隊の隊員として合流したのだろう。だが、挨拶は避難が終わってからでも良さそうに感じた。
「どうも!」
アイラ・ルーシー・キャンベルは手袋も外さずに握手を求めて来た。
「え、ああ、どうも」
ベルシエラは気圧されて握手に応じる。ガヴェンと交わす目つきからして唯一無二の相手らしい。
ガヴェンが軽口で美人だと言っていたカチアとは、まるでタイプが違う。小柄で肉付きがよく愛嬌があり、元気の良い女性だ。最も、酔っ払いの戯言などあてにならないが。
アイラは握手を終えると、すぐに持ち場に戻った。ベルシエラはぽかんとしてその様子を眺めた。
「話があるわけじゃなかったのね」
状況が飲み込めずにアイラを見れば、彼女の前には四角い箱のような道具が置いてある。魔物に立ち向かう人々が交代で箱のところにやって来た。アイラが箱を操作して、討伐隊員はまた魔物の前に戻って行く。
「ガヴェン、あれは回復の道具?」
立ち去る討伐隊員たちが元気になっているように見えたのだ。
「そこまでじゃねぇけど、魔法を増幅する道具なんだぜ。すげぇだろ。アイラは可愛い姿して凄腕の魔法道具師なんだ」
「ふうん。解毒は出来る?」
ベルシエラは婚約者の惚気を聞き流して必要な質問だけをした。ガヴェンはアイラを誉めてもらえず、不満そうに口を歪めた。
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