19 巡視隊は心強い仲間
隊長は藍色のカイゼル髭をシュルリとしごいて思案する。深い眼窩の底で厳しく光る藍紫の瞳は、僅かに銀を散りばめて冬の夜空を思わせる。
「ベルシエラは世紀の天才だ。ロドリゴ四世国王陛下は、建国の忠臣セルバンテスを名ばかり魔法公爵家なんて言わせたくなかったのかも知れないな」
隊長の見解には、フランツも得心が行ったようだ。
「つまり、ギラソル魔法公爵セルバンテス家再興のため、ベルシエラに白羽の矢が立ったと?」
「そう考えるのが妥当だろう」
セルバンテスは、本家が代々病弱で、始祖の魔法道具を使える人が絶えて久しいという。そこで、突如現れた名もなき天才少女が送り込まれる次第となったのであろう。
「しかし隊長、ギラソル公には縁談があったのでは?」
フランツにはまだ疑問が残る。
「何度かあるにはあったが、悉く断られたよ。なにせ嫁いだ途端に病弱になる家だからな」
「ちょっと、隊長!」
ゲルダが慌てて口を挟む。これからそこへ嫁ぐ娘とその家族が、この場にいるのだ。隊長らしからぬ無神経な発言に、ゲルダだけではなく巡視隊員たちはざわついた。
ベルシエラだけは、真剣に隊長の双眸を射た。
「これから嫁ぐ家のこと、よく知らなくては。どうか、詳しく教えてください、隊長様」
隊長は重々しく頷くと、自分が知っている限りの情報を伝えてくれた。前から思っていたのだが、隊長は信頼できる。ベルシエラは、隊長を味方だと判断した。
「我が名は皆の知るごとく、アレッサンドロ・ホセ・マルケス伯爵である」
隊長の話は、何故か自己紹介から始まった。巡視隊員たちも何が語られるのかと興味津々である。
「国王直属の巡回騎士団所属で、紋章は立ち上がった熊と一振りの剣、モットーは、力と技の道を極めよ、だ」
一同は大人しく聞いている。隊長は居並ぶ面々をぐるりと見渡し、満足そうに目を細めた。
「我が一族は遍歴修行を尊き行いとする。必ずしも行わねばならぬわけではないがな」
ガヴェンがひと膝乗り出した。
「ガヴェンは幼年時代に、遍歴修行中だった若い頃の隊長にスカウトされたの」
ゲルダがベルシエラに耳打ちした。所謂子飼というやつだ。ガヴェンは魔法使いで、隊長は騎士である。隊長は厳格で体格も良い。ガヴェンは長身痩躯の洒落者だ。年も離れた2人であるが、何かが通じ合ったのだろう。
「我が父、先代マルケスは、遍歴の途中で母と出会った。同じく遍歴修行中だった母と意気投合したまでは良かったのだが」
隊長は恥じるように顔を顰めて言葉を継いだ。
「帰る旅路の道すがら、互いに良いところを見せようと無茶してな。詰まるところは遭難したのだ」
ガヴェンもその話は初めて聞くらしく、食い入るように隊長を見つめて聞き入っていた。
「先代マルケス夫婦を救ったのは、たまたま通りかかった先代ギラソル魔法公爵、ホセ・アドリアン・セルバンテス殿だ。父母は、その後生まれた長男にホセ殿の名前を貰ったのだ。つまり、私だな」
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