187 ベルシエラは砦を後にする
ベルシエラは結局ヴィセンテの言うことを聞いて、生存者の輸送を夫に任せた。地上に戻ると、カチアは砦の片付けを申し出た。ベルシエラが恐縮すると、カチアは豪快に笑う。
「なに、休憩所に使わせて貰おうって魂胆なんですよ。奥方様が設置なされた炎の壁で魔物はどんどん削られますし、今この砦は安全ですから」
ベルシエラはカチアの言葉も一理ある、と頷いた。
「確かにこのまま強行軍でお城まで行くより、ここでお休みいただくほうが安全かも知れませんね」
カチアを残してギラソル魔法公爵夫婦が砦を離れる。城への道すがら、苦戦しながら前進する一団と出会った。砦奪還部隊である。エルナンが飛竜の背から声をかけて来た。
「御当主様、奥方様、砦はどんな様子でしたか?」
「魔物に入り込まれてたわ」
「やはり駄目でしたか」
「建物は無事よ。生存者と犯罪者を回収して城に戻るところなの」
飛竜騎士ふたりと見習い魔法使いエルナンが、ギョッとしてベルシエラを見る。
「犯罪者?」
「砦の地下で人体実験をしてたのよ」
「地下でそんなことが。上層部しか出入り出来ない魔法がかけられていたから、会議室や資料質でもあるのかと思っていたら」
「音も漏れないようにされていたわ。気づかなくても当然よ」
どうやら地下に関わっていたのは、エンリケ派の中でも幹部クラスの魔法使い達だったようだ。暗殺とも無関係な下っ端魔法使いたちは、森の状況を調査する人員として利用されて来た。そして最後には人体実験の被験者にされるのだ。
「では、もう砦には向かわなくて良いのでしょうか?」
エルナンは怯えた顔で尋ねる。
「砦は魔物の迎撃拠点になるから、エルナンたちは予定通り砦に向かって。それと、魔物討伐隊のカチア・プフォルツ分隊が来てくれてるわ」
「カチア様と申しますと、プフォルツ魔法公爵家の次期御当主様ですか?」
エルナンの表情が明るくなった。
「ええ。休憩がてらしばらくは砦に駐屯してくれるそうよ」
ヴィセンテはベルシエラの額に唇を触れると、名残惜しそうに城へと戻る。ベルシエラはエルナンたちに手を貸して、砦への道を切り開く。
森の上空からは飛竜騎士2名が羽ばたきで風を送る。刺激を受けた魔物たちが上空を狙う。見習い魔法使いエルナンは、飛竜の背中から月の民の杖を振った。
地上班にはエンリケ派から寝返ったヴィセンテ派の魔法使いがいる。彼らは元々下っ端で、魔物の増殖には関わっていなかった。
「下に行ってくるわ」
「お気をつけて」
ベルシエラは森の中に下りて行く。
「あら、地上班、まあまあやるわね」
「奥方様!砦は」
「取り返したわよ。このまま進んで砦にやってくる魔物を減らしてくれればいいわ」
エンリケ派の序列は政治力で決まる。世渡りが上手い者が出世するのだ。まともな魔法使い社会ではなかった。それ故に下っ端の中には幹部よりも実力が高い魔法使いがいる。
城を出る時につけた道案内の火球に従い、地上班は前進していた。囲まれつつも魔法の壁を上手に使って進んでゆく。既に疲労は見えるが、砦まで辿り着けそうだ。ベルシエラは前方の魔物を焼き払って道を作る。
「今のうちに行きなさい」
「はい!ありがとうございます!」
ベルシエラの手助けで砦奪還部隊は移動を速めた。その背中を見送って、ベルシエラはふたたび上空に出た。
お読みくださりありがとうございます
続きます




