186 最後の部屋
煌めく銀の髪の持ち主は、オーロラのゆらめく薄灰青の瞳を柔らかに光らせた。
「来たよ」
一言甘く囁いて、ヴィセンテは積み重なる檻へと向き直る。ベルシエラは慌てて駆け寄った。
「エンツォ!」
「砦奪還部隊は何だかモタモタしてたから追い越して来ちゃったんだ」
「進むだけでもやっとだもの。中を片付けたら迎えに行くわ」
「負傷者と犯罪者は僕が城まで連れて行くね」
ヴィセンテが良いところを見せようと張り切る。
「無理はダメよ。私なら一旦戻っても他の2隊を視察出来るわ」
「けど、一通り見てくるって言っただけなのに、砦だって見るだけじゃなくて奪還までしてるじゃないか。魔法の使い過ぎだよ」
ヴィセンテはベルシエラが無茶をしていると思って、はらはらしているのだ。
ベルシエラが檻の中で苦しんでいる人々を無事炎の球に乗せると、ヴィセンテはカチアに目を向けた。
「エルグランデ魔物討伐隊が合流して下さったんだね」
「はい、カチア・クライン分隊は砦担当です」
カチア達は初めから砦を目指して来たようだ。
「父上の率いる本体は、森の村へと向かっております」
「そういえば貴女たち、私と似たような髪の戦士たちに会わなかった?」
ベルシエラはカチアに聞いてみた。
「いいえ、助っ人ですか?」
「そうなのよ。頼もしい味方よ」
「黒髪の戦士たちですか。やはり青い炎を武器に纏わせる魔法使いなのでしょうか」
「ええ、その通りだわ。みんなとっても強いの」
「何とも有難い助太刀ですね」
一行は喋りながら最後の部屋に到着した。
扉の向こうに作業員はいなかった。もぬけの殻である。脱出用の階段を通って地上へと逃げたのだろう。刃物や機械の犠牲となった魔物と人間が床や台の上に横たわっていた。中には、毒液の注射針を刺されたまま放置された被害者もいた。
「うっ」
ベルシエラたちは鼻を覆い、急いで異臭を遮断する魔法を使った。被害者たちは皮膚の色が変わり、手足も顔も膨らんでいた。低い呻き声をあげながら、もはや動くこともできないでいる。
「これは、呪いの道具だね?」
「呪いまで使ってたのね」
部屋の中には、黄金の太陽城で目にした鳥の頭蓋骨もあった。黒ずんだ魔法の気配も残っている。
「逃げた連中が戻って来ないうちに砦の部隊を迎えに行かなくちゃ」
ベルシエラは息のある被害者を救け、魔物と毒は消し去った。
「エンツォ、かっこよかったけど、お願いだから体力を温存しておいてよ」
「だったらシエリータは通信を途絶えさせたりしないでよ」
ベルシエラは返答に困った。地下の有様が酷過ぎて、ヴィセンテへの報告を忘れていたのだ。
「ごめんなさい」
「心配したんだよ」
居ても立っても居られなくなり、病み上がりの身に鞭打って駆けつけたのだ。ヴィセンテは、杖神様から引き継いだセルバンテスの魔法とベルシエラの使う炎の魔法を組み合わせていた。
ヴィセンテは魔物の毒や呪いを注がれ続けても生き延びてきた。毒や呪いを克服するだけの魔法の力を持って生まれたのだ。押さえ付ける物がなくなれば、力は自ずと溢れ出る。
「じゃ、ひとまずお城に戻りましょうか」
ベルシエラは先頭に立って地上への階段を昇って行った。
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