184 ベルシエラは解毒を試みる
捕縛した作業員はベルシエラの炎球に詰めて廊下に浮かべておく。この部屋の魔物はすでに焼き尽くした。残るは黒い魔法を使う記録者だけだ。風や炎で煽られても、そのフードは張り付いたように動かない。魔法で留めてあるのだろう。
フードの人物は表情も見えなければ言葉も発しない。部屋にあった人体実験用の毒を次々にカチア隊へと投げつけてくる。魔法使いなので、手の届かない場所の物を浮かせては飛ばす。羽ペンの先から出す紫色の毒液を鞭のようにして自在に操っていた。
一周目のベルシエラは、自分の中に入って来た魔物の毒は無意識に分解していた。それを知って、ベルシエラは毒だけを焼き尽くすイメージを試してみた。
「奥方様、解毒は後で大丈夫です」
カチアがベルシエラの体調を気遣う。魔法の使いすぎを心配したのだ。
「応急処置です。効果のほどもまだ分かりませんし」
助け出した生存者は魔物の毒に抵抗する力がある、とベルシエラは考えた。騎士もいたが、彼らも家系を辿ればどこかで魔法使いの血が混じっているのだろう。
「小さな傷口から試していますが、害はない筈です」
ベルシエラは、地上階で救けた生存者に魔法の治療を施してゆく。紫色に爛れた傷口に、ベルシエラの青い炎がゆらめいている。一方、この部屋で檻に入れられていた人々は重症だ。棘を刺された者だけは対処したが、他の被害者たちは効果が確認されてからにしようと決めた。
ベルシエラが手当をしていると、フードの人物は攻撃しながら話しかけて来た。特徴のない平凡な声である。
「私たちと何が違うのでしょうね」
ベルシエラの治療について言っているのだ。
「臨床実験ですよね」
穏やかなように錯覚するが、それは冷酷さからくる感情の起伏がない態度だった。
「少なくとも殺すための実験ではないわね。そもそも、人体に害のない魔法を使っているのよ」
ベルシエラは真面目に説明をした。ベルシエラの炎は、さまざまな魔法に使える。攻撃目的ばかりではないのだ。最も分かり易い例は防壁である。防壁に触れると魔物は焼かれるが、人間は無傷だ。
フードの人物は心外だというように口元を歪めた。
「殺すためだなんて、失礼ですね。どんな変化が現れるかの記録を残しているだけですよ」
他の作業員についてはまだ分からないが、この人物にとっては知識を得ることだけが目的のようだ。その過程で起こる被害には関心がない。
ベルシエラはぞっとした。騒がしいカチア隊までが静かになった。この人物は実験によって死が与えられたとしても、それは成功でも失敗でもないのだ。ただ、その作業の結果は死であると知れて満足なのだ。
「くそ、何でやつだ」
カチアが奥歯を噛み締めて怒りを鎮める。冷静さを失えば相手の思う壺である。
「ただでさえ人間相手は慣れてないってのに」
「おやあなた、人間とやり合うのは慣れていないんですか」
フードの人物は、同じ言葉をそっくりそのまま使って煽るように言った。
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