182 砦の地下
太陽の下に恥づることなく。
セルバンテス本家の家訓が改めて思い出される。卑劣な行いを最も嫌う、清廉潔白な魔法使いの血筋。それがベルシエラの嫁ぎ先であった。
「そうですね。ありがとうございます、女卿プフォルツ」
賢く立ち回ることも必要だ。だが、時には荒療治も効果を上げる。少なくともベルシエラの行動によって、今回のヴィセンテが当主の自覚を持った。それによってエンリケ叔父の影響下から抜け出せた。
エンリケ一派だけを排除した一周目、ヴィセンテたちよりも未来の世代で魔物の増殖が起きたかもしれない。黒幕であるヒメネス一族の数百年に及ぶ陰謀を、一周目では暴けなかったのだ。
「結局はこれで良かったのかもしれません」
ベルシエラは目の前の2階の魔物を片付けると、今度は地下へと向かう。
「プフォルツ殿がファージョン領の魔物とギラソル領の病気を結びつけていたとしても、私が婚姻の夜に出過ぎた真似をしなかったとしても、遅かれ早かれ魔物は増やされたのでしょうね」
「ええ。そうですね。それがたまたま今だった、というだけですよね」
「はい、そしたら出来る限り早く終わらせるだけですね」
ベルシエラの言葉に、カチアはニタァと獰猛に笑った。
「聞いたか?者ども!」
カチアは山賊の女親分のようにぐるりと部下を睨め回す。部下達も怖気づくことなく応の声を上げた。
「まずは砦だ!ここを取り返したら一気に逆転するぞ!」
「おおおおお!」
ビリビリと空気が揺れる。部下達の瞳に闘志が燃える。助け出した生存者の骨折や擦り傷を手当てする余裕も出て来た。
「あとは地下だけですね」
ベルシエラが地下への階段に設置された罠を一気に解除した。物理の罠も魔法の罠も、ベルシエラの炎で焼き尽くされてしまった。カチアの部下達はいちいちざわめく。その度に叱責されるのだが、初めて見る天才の技に上がる歓声は止まりそうもないのだった。
「わっ、何ここ?」
地下の廊下には幾重にも魔法の壁が設置されている。ヒメネス領の洞窟に似ているが、ここの魔法は違う気配を放っていた。
「これが噂の黒い魔法ってやつかしらね」
ベルシエラはつぶやいた。
「姿は見えないですが、魔物の気配がありますね」
カチアが警戒を高める。
砦の地下は案外天井が高い。天井に埋め込まれた発光石で足元は照らされている。細長い廊下に魔物は一匹もいなかった。
「部屋がたくさんあるようですね」
「どうしましょうか、奥方様?片端から開けて行きますか?」
「ええ、私が先頭ならなんとかなるでしょ」
規格外の実力を見せつけられたのだ。誰も傲慢だとは言わなかった。
「逃げ遅れて怯えている人がいるかもしれません。なるべくお静かにお願い致します」
この注意には反発する者もいた。だが表立っての文句は出てこない。
「じゃあ、一部屋づつ、確認しましょうか?」
「ええ、クライン殿」
おやつに手を伸ばすような気やすさで、ベルシエラは最初の部屋の扉に手を伸ばす。
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続きます




