181 カチア・プフォルツと渓流の魔物
カチアがその魔物を知っているのなら話は早い。
「それです。海水の流れ込む洞窟にたくさん生えていました」
「古文書の記録では、実物を見つけられなかったそうですが」
「魔法で幾重にも守られておりましたから、本草学者が探したところで見つからなかったと思います」
「そうですか。なるほど。それで、何を聞きたいんです」
カチアはフランツよりは気が長い。前置きが長くても苛立ちは見せなかった。
ベルシエラは本題に入る。
「ヒメネス領の洞窟に流れ込む海水が、その魔物が生えている場所では真水に変わっていたのです」
「ほう?」
「魔物の影響なのか、魔物の原生地に似せた栽培地なのか、原生地が別にあるなら何処なのか、あるなら今原生地域はどうなっているのか、それが知りたいのです」
「いや、すみませぬ。奇妙な果実としか記録がありませんでな。劣化して失われた部分にはスケッチもあったのでしょうが、残念です」
一階の魔物を早々に全滅させ、目についた生存者の回収も終えた。一同は最初にベルシエラがいた階段を昇って2階の処理をしていた。
「ええと、色は再現できませんが、形はこんなです」
ベルシエラは矢を番える手を止めてナイフの先で炎を操る。ヒメネス領の洞窟で見た魔物を、ささっと炎で描いてみせた。
「これなら見たことがあります。正確な大きさや色が分からないので、同じ品種かどうかまでは解りかねますが」
「どんな場所で見たのでしょう?」
「ファージョン領の渓谷でした。少なくとも私が見たものは、淡水で育つものでした。海水に弱いかどうかまでは分からないのですが」
なにしろ魔物である。普通の植物とは違う。山の中で育っても、海水に弱いとは限らない。海水を真水に変える性質もないとは言い切れなかった。
「討伐対象だったのですか?」
「いえ、討伐へ向かう途中で群生地を偶然見つけたんです」
その魔物は、たまたま見落とされて大群落になっていたと言う。川に落とされて魔物の果汁が混ざった水を飲んでしまった隊員は、一時的に魔法酔いの症状が出た。しかし、それをセルバンテス本家の魔法酔いと結び付けた人はいなかった。
「あの時気がついていれば、ここまで酷い事態にならなかったかもしれません」
カチアが後悔に顔を歪めた。
「魔物と病弱を結びつけてヒメネス領に疑いを向けられたら、今よりも更に事を早めた可能性もありますよ。現に今回の大増殖は、おそらく私の軽率な言動が元なのですし」
ベルシエラは務めて冷静に応答した。どうしても声が震えてしまうのは隠せなかったのだが。
「一体何があったのです?」
カチアは茶色い光で棘を消し飛ばしながらベルシエラの隣を進む。
「結婚式当夜に、今回の首謀者と目される人物の前で、宣戦布告とも取られかねない発言をしてしまいました。派手に動き過ぎたんです。悔やんでも悔やみきれません」
「よしんばそれが本当にこの事態を引き起こすきっかけだったとしても、ここまでの事態になるとは予想出来ませんよ。誰だってわからなかったと思います。ご当主夫人のせいとは言えません」
カチアは慰めてくれた。力強い口調で、慰めというよりは事実確認のような雰囲気だった。ベルシエラは凝り固まっていた心が解れてゆく気がした。
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