18 名ばかり公爵の花嫁
突然の指名を受けて、病弱公爵の花嫁と定まったベルシエラ。家族は椅子に座り直すだけで精一杯だ。しかし、残す訳にも行かず無理をして食事を飲み込んでいた。巡視隊の面々は、森番一家とベルシエラを心配そうに眺めている。
食事の終わりに、口上係エンリケ・ガルシア・セルバンテスがベルシエラに向かって一言告げた。
「追って沙汰する」
王と侍従、そして口上係や毒見役などが次々に退室してゆく。配膳係が椅子を引き、残された面々も宴会場を出た。隊長はサラを気遣って支えている。紳士である。アレックスはカッレに支えられ、ディエゴには別の巡視隊員ユリウスが肩を貸す。
ゲルダがベルシエラに寄り添った。そして2人の魔法使い、フランツとガヴェンは硬い表情で殿につく。一行は黙々と城門を出た。巡視隊長が先導していたので、一度も咎められることはなかった。
一同はいま、隊長の自宅にいる。広々とした応接室には、手触りの良い布地が張られた椅子がいくつか備えてあった。庭園に面した窓の外には茜雲が流れてゆく。部屋の四隅に置かれた小さな円テーブルの脚は高い。円テーブルの上には銀細工の樹があって、その枝には光る石が下がっていた。
「さあ、どうぞ」
上品な服装の年老いた婦人が、皆に薬湯を配ってくれた。
「あの時に教わった通りの配合を心がけてはおるのだが、サラと同じに出来たかどうか」
師匠の評価を待つ弟子のように、大きな隊長が縮こまって感想を待つ。
「ふふ」
その姿に気持ちが解れ、サラに笑顔が戻る。
「完璧でございますよ、隊長様」
隊長はパッと顔を輝かせ、へにゃりと笑った。
「いやあ、良かった!」
隊長のお陰で場は和み、皆の顔色も正常になる。薬湯を飲み終わると、軽食と蜂蜜レモンが振る舞われた。
「隊長、一体なんだってこんなことに?」
一息ついて、フランツが聞いた。
「分からない。事前には何も言われていなかった」
「四魔法公爵家の歴史も詳しく習ってない養成課程修了生を、セルバンテスの花嫁になんて」
ガヴェンも眉を顰める。
熱い蜂蜜レモンを一口飲んだ隊長は、そっと器を置く。魔法による耐熱機能つきの、高級な彩色ガラスのコップである。現実のヨーロッパで貴族が食事を手で食べた時代には、まだなかった道具だ。そもそも魔法がある時点で、歴史を持ち出す意味はない。
(夢だしね)
いつものように、ベルシエラは納得した。だが、納得できないこともあるのだ。
「突然庶民が古いお家柄の本家に嫁ぐなんて。私、大丈夫でしょうか?」
「なに、取って食われはすまいよ」
それは解っている。小説を思い出した今、嫁入り自体は受け入れたのだ。だが、理由は知りたかった。小説ではたしか、王命としか書かれていなかった。そもそも、ベルシエラの出自には触れていなかったように記憶していた。
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続きます