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貴方は私が読んだ人  作者: 黒森 冬炎
第九章 一匹たりとも魔物を逃すな

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173 会議を再開する

 エンリケの妻が地下牢に連れて行かれると、ベルシエラはヴィセンテを気遣った。


「報告の続きは後にする?」

「いや、大丈夫だよ。心配してくれて、ありがとう」


 弱々しく微笑むヴィセンテの片頬を夕焼けが赤く染めていた。その姿は絵画めいて美しかった。


(「希望」とかタイトルが付きそう!はぁー、ずっと眺めていたいなぁ。そんな場合じゃないんだけど、やっぱり美しいなぁ)


 高い位置で束ねた銀の髪も夕陽に照り映えている。


(「残照のセンチメント」とか「落日の先」とかでもいいなぁ)


 病気で衰弱した顔立ちも、強いコントラストの中で憂いを帯びた美男にしか見えない。



「シエリータ?疲れた?大丈夫?」


 声に出して会話をしているため、いまは心の中が知られずに済んだ。


「ごめんなさい、ちょっとぼんやりしちゃって」

「辛かったら、報告の続きは、後でいいよ」

「大丈夫、出来るわよ」


 ベルシエラがにこりとすると、ヴィセンテも笑顔を返した。


「そう?それじゃ、戻る?」

「ええ。応接室へ戻りましょう」


 妻と従者に付き添われて、ヴィセンテはエンリケ叔父の待つ応接室へと向かう。



「カタリナは現行犯だから王宮に通報しないといけないわね」

「そうだね。エンリケ叔父様の責任は問われるかどうか分からないけど」

「妻が勝手にやった、自分は知らない、って言い逃れ出来る状況よね」


 エンリケについては、後一歩のところでなかなか証拠が掴めない。ベルシエラを王家からのスパイだとヴィセンテに吹き込んでいたことも、病人の妄想だと言われればそれまでだ。


「小説『愛をくれた貴女のために』によると、一周目は呪いの道具を取引する現場を押さえたみたいだけど」

「今回は、カタリナを捉えてしまったから、警戒は強めるだろうね」

「そうよね。私たちがどうやって現場に踏み込んだのかも気になるでしょうし」

「監視する手段があることは、知られてしまったね」



 魔法酔いの黒幕となっているのは疑いようもなくヒメネス領主セルバンテス分家だ。数日経ってしまったので、あの洞窟に証拠が残っているかどうかは分からない。加えてこちらの手の内が多少知られてしまい、動きにくくなった。


「ヒメネス領に関しては、魔法騎馬隊が何をするかによって罪に問えるかどうかが決まりそうよ」

「そうだったね」


 ヴィセンテは、雪煙を上げて森に向かっていた魔法使いたちを思い出す。彼らが魔物と戦うか、それとも援軍を潰そうとするか。そこが敵味方の分かれ道である。



「エンリケ叔父様個人についても、出方を待つしかないかな」


 ヴィセンテは諦めた雰囲気で言った。


「と言っても、こっちの印象を悪くするような誘導をするだけじゃあねぇ」


 皮肉程度で捕縛するわけにも行かない。2人は落としそうになる肩をぐっと持ち上げ、胸を張って応接室に入る。


「お待たせしました」


 ヴィセンテが悠然と挨拶をする。ふたりが腰を下ろすと、アルトゥールが待ちかねたように口を開く。


「あの中で生き延びた巡視隊の皆さんからは、後ほど改めてお話しを伺えるんですよね?」


 ヴィセンテは頷いた。


「もちろんです。アルトゥール殿、クライン領との連携はお願い出来ますでしょうか?」

「当然です。一刻も早く森の魔物を殲滅しなくては」


 笑顔の仮面をつけたエンリケ以外は、その場にいた人々の心が一致した。


お読みくださりありがとうございます

続きます

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