172 呪術も魔法
ベルシエラは腰に差したナイフを抜いた。呪術を行なっているふたりの表情が強張った。それでもふたりは儀式をやめようとはしない。
「この儀式については知らないけども」
ベルシエラのナイフから青い炎が立ち昇る。森での闘いでほつれた癖毛が幻想的に照らされた。ヴィセンテはベルシエラから目が離せなかった。妻は怪しげな儀式を目の当たりにしても怯まない。その雄々しさが、炎の照り返しを受けて意外にも女性らしさに華やぎを添えていたのだ。
「呪術だろうと魔法なら対処出来るわよ」
ベルシエラは自然体だった。ニヤリと笑うこともなく、ゴミ拾いでもするような気軽さだった。ベルシエラには生活感があった。ベルシエラの言動は、地に足をつけて生きていく庶民の生命力に裏打ちされている。
ヴィセンテは、名家の城で病床に縫い止められるように生きてきた。世の中は彼にとって幻のようなものだ。自分自身の存在でさえも、現実感のないものだった。ベルシエラの実在性は、ヴィセンテの魂を激しく揺さぶり波打たせた。
(なんて美しく逞しいひとなんだろう)
ヴィセンテは、この人がお嫁に来てくれて本当に良かったと思った。
ベルシエラは素早く円に近寄ると、ナイフの炎で紫色の毒を焼く。円の中にいるふたりの反応を待たず、頭蓋骨にナイフで切りつけた。刃の纏う炎は、呪術道具である小鳥の頭蓋骨を焼き払った。
続いてベルシエラはふたりの腕ごと液体と器を焼き捨てる。
「ひいい!」
テレサがついに叫び声を上げた。
「何をする!」
カタリナ叔母もやっと言葉を発した。ベルシエラがすぐに炎を消したので、2人の腕は火傷だけで済んだ。器と液体は灰となった後に消えた。
ふたりの呪術者は、程なく駆けつけたヴィセンテ派の騎士と魔法使いに拘束された。今や城内にもヴィセンテ派の魔法使いが控えているようになったのだ。
「何をしていたんだ」
ヴィセンテは問う。ベルシエラはナイフの刃先を軽く振った。
「ふん、野蛮な」
「あら叔母様?貴女の呪術は人を死に追いやる物でしょう?なんて優雅なんでしようねぇ?」
「口の減らない小娘だこと」
「カタリナ・セルバンテス、誰を呪っていた?」
ヴィセンテの言葉は厳しい。エンリケ叔父は育ての親だ。その妻への敬意を捨てている。彼らから受けた恩は全て偽りだと理解したのだ。僅かに残っていた感謝や愛情は完全に失せていた。騙されていた悲しみや怨みも、魔物の増殖に直面して鎮まっていた。
「おほほ、分からないのかい?間抜けだこと。あたくしを捕らえたところで、何も変わりやしませんのよ。どうせ2人とも、すぐに弱って息をしなくなるのだし」
「愚かだねぇ。白状したも同然じゃないか」
直接的な自白ではないが、当主夫妻への害意は確定した。呪いで殺そうという企みも自分から話している。
「地下牢に繋いでおけ」
ヴィセンテは冷たく言い放ち、2人の呪術者は両腕を掴まれて連行された。テレサは仏頂面で口を閉ざしたままだった。カタリナはふてぶてしく嘲笑を浮かべたまま引き摺られて行った。




