171 呪いの儀式
「開けますよ?」
ベルシエラは閉ざされた扉に掌を向ける。扉には魔法で鍵がかけられていた。ヴィセンテと先代夫人は小競り合いをやめて頷いた。ベルシエラの掌から青い炎が鍵穴へと走る。
カチリと微かな音がして、扉にかけられた魔法が解けた。同時に扉は外側へと開く。部屋の中にはうっすらと黄色い煙が立ち込めていた。苦味と酸味が混ざったような異様な臭いが充満している。
「うっ、げほっ、何をしているんだ?」
ヴィセンテにとっては初めて見る光景だった。
「扉に鍵をかけたのはテレサよ」
先代夫人の言葉は、ベルシエラとヴィセンテにしか聞こえない。
「現行犯ね」
ベルシエラは一言だけ口にした。
一周目にベルシエラが閉じ込められていた部屋にあった呪術道具が目に飛び込んでくる。小さな鳥の頭蓋骨に黄緑色の宝石を埋め込んだものだ。ひとつひとつには何かの血で文字か記号がびっしりと書き込まれている。それが幾つも並べてあるのだ。
棘から抽出した紫色の毒で床に円を描いてある。円の中には呪術道具と共に2人の女性が立っていた。2人とも真っ黒なローブに身を包み、深くフードを被っている。ベルシエラは風を起こしてフードを払い除けた。
露になった顔を見れば、カタリナ叔母とテレサだ。カタリナ叔母は何かぶつぶつ呟きながら、頭蓋骨にドロリとした黄色い液体を垂らしている。テレサはカタリナの持つ鶴口の水指に手を添えて魔法の力を注いでいた。
ふたりは居直ってベルシエラたちを睨む。呪いの儀式はやめようとしない。ベルシエラは声を上げた。当然魔法で城中に告げる。
「呪術の現行犯よ!誰か取り押さえなさい!」
巡視隊やヴィセンテ派が動く気配が伝わってくる。しばらく待てば到着するだろう。
「魔法の悪用を呪術というのよ」
ベルシエラはヴィセンテに説明する。この国では悪意が魔法で形を与えられると呪いとなるのだ。ヴィセンテはまともな魔法教育を受けておらず、そのことを知らなかった。
「呪術は死と密接に関わるから、骨を媒体に使うことも多いそうよ」
「死と?」
「悪意の力で人を殺めたり、一生苦しんで死に至るような痛みを植え付けたりするの」
ベルシエラの解説に、ヴィセンテは震え上がった。
「強力な呪いは何世代も消えずに続くらしいわよ。エルグランデでは禁じられているわ」
「ベルシエラ、とにかくやめさせよう?」
ヴィセンテは焦る。
「迂闊に触らないようにね?」
「ベルシエラさん、呪いを中断させるにはどうするの?」
先代夫人は呪いの存在を把握している。だが、その解き方や中断の仕方が分からない。魔法の中には、いきなり中断させると爆発したり中断した人を汚染したりするものがあるのだ。慎重な対処が必須である。
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