170 城の廊下を急ぐ
先代夫人ラクェル・ロサの幽霊に導かれるまま、ベルシエラとヴィセンテは薄暗い廊下を急ぐ。ヴィセンテには声が聞こえるだけなので、ベルシエラが腕を取って歩いてゆく。
トムもヴィセンテを支えている。開祖の杖は、ベルシエラがヒメネス領に入った日からヴィセンテが手にしている。杖神様から借り受けて、現状は歩行杖代わりに使っていた。
トムの機転で水薬の摂取量は僅かながら減っている。ベルシエラが頼んで行った薬湯や薬膳は出されてはいるものの、効果が出るのはずっと先だ。ヴィセンテは、まだ1人でスタスタ歩くことが出来ない。
点々と灯る乳白色の発光石は、夕陽の差し込む灰色の城に仄かな温かみを足していた。
「あらら」
ベルシエラは乾いた笑いを溢す。
「どうしたの?シエリータ?」
「発光石の光の強さにばらつきがあるでしょう?」
法則性はなく、光が強い物と弱い物が入り混じっているのだ。
「そうだね」
「発光石に魔法を注ぎ足す振りをして、城中歩き回る人が居るのよ」
「証拠は掴めてないからねぇ」
ヴィセンテが困ったように俯く。
「その件も解決するわよ。ねぇ、エンツォ、もっと速く歩けないの?」
先代夫人はなかなかにスパルタである。
「ベルシエラさん、何か足が速くなる魔法はないかしら?」
「お姑様、エンツォは魔法に酔いますから」
「ベルシエラさんの薬湯飲んでても駄目?」
「一周目では、私の周りに漂う強い魔法の力にすら酔っていたんですもの」
それで結婚式で倒れそうになった。今回の人生でも同じことが起きた。
それを聞いた先代夫人は少し考える素振りをみせた。
「そういえばそうよね?でも、今回は結婚式の翌朝から隣に座ってお食事上がってたわよね?」
「そうでした。エンツォ、だいぶ無理したのね?」
「それが、そうでもないんだよ」
ヴィセンテも不思議そうに言った。
「叔父様の薬を飲まなかった時には、ベルシエラに触れたって具合悪くなんかならないんだ」
どうやら魔法酔いの効果は一過性のものらしい。水薬にはおそらく他の毒素も含まれているだろう。体力低下は、魔法酔いに似た症状から来る寝たきり生活も一因だ。だがそれに拍車を掛ける毒を盛られている疑いも残る。
「ふむ。もしかしたら、それも解決するかもしれないわね?」
先代夫人はしたり顔で頷いた。
そうこうするうちに、ベルシエラたちはひとつの扉の前に辿り着いた。エンリケ夫人カタリナが滞在している部屋である。
「エンツォ、声をかけたりノックをしたりしちゃあダメよ?」
「分かっておりますよ、お母様。僕だってもう、子供ではないのですから」
「本当かしら?今回はベルシエラさんに八つ当たりしてないだけマシだけれども」
「それは」
それは一周目のことだ。今回のヴィセンテではない。だが、結婚式では、一周目と同じように酷い態度をとっていた。ヴィセンテは返す言葉がなかった。
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