162 黄金の太陽城に着く
真っ白な飛竜の姿をしたアルトゥールは、ギラソル領に入るなり怯えた声を上げた。艶のある鱗は小刻みに震え、金色の瞳は慄き揺れる。
黄金の太陽城の麓に広がる森は、紫色の斑ら模様に見えている。風や動物とは思えない奇妙なうねりが山裾まで波及していた。
「ひとまず城へ向かいましょう」
アルトゥールは振り向いてベルシエラに言った。
「いいえ」
ベルシエラは眼下の惨状に慄然としていた。一刻を争う状況のようだ。
「森が蠢くほどに魔物がいるなんて」
ベルシエラの血の気が引いてゆく。
「ゆったりお城で戦略を練ってる暇はないわ」
「御当主に報告は?」
アルトゥールは眉根を寄せる。
「します。連絡手段はありますから」
「そうですか」
他家の事情を聞き出すことはマナー違反だ。具体的な方法は聞かないでおく。歴史ある家柄ならば手の内を見せないのも普通である。
(隊長、みんな、どうか無事で!)
ベルシエラは巡視隊の面々の身を案じた。すぐにでも森に飛び降りたい気持ちである。だが、イネスとフィリパを連れて行くのは酷というものだ。
「クライン様、お願いがあります」
「何でしょう」
「イネスとフィリパはお城まで送り届けて欲しいのです」
「私が?」
「はい。クライン様なら安心してお任せ出来ますから」
アルトゥールは逡巡した。彼は指揮官としてのプライドがある。魔物の群れに攻め込むならば、ぜひ先頭に立ちたいのだ。
一方で、頼まれた役割の大切さも分かっていた。緊迫した状況の中で、無事に隣人を城まで送り届けるのは至難の業だ。彼女たちは魔法使いでも騎士でもない。恐怖に駆られて衝動的な行動をとるかもしれないのだ。
「分かりました。お引き受け致しましょう」
迷いはすぐに振り切った。アルトゥールの快諾にベルシエラはほっとする。炎を操り、イネスとフィリパをアルトゥールの背中へと移す。
「ふたりとも、気をつけてね」
「はい、奥様もお怪我などなきよう」
「奥様もどうかご無事のお帰りを」
「大丈夫よ。さあ、行って」
アルトゥールは大きく羽ばたいて、ベルシエラたちと進路を分かつ。
ヴィセンテを起こすのも憚られるので、ベルシエラはご先祖様に伝達した。
(杖神様!そちらにクラインの飛竜騎士が一騎参ります)
(なんと、それは頼もしい)
(イネスとフィリパを送っていただきますが、あとの6騎は私と一緒に巡視隊の救出に向かいます)
(無茶はするでないぞ?)
(はい!)
ベルシエラたちがいる位置からは、城の方が森より近い。ベルシエラたちが参戦する前にイネスたちは避難を終えられそうである。
通信を終えると、ベルシエラは背後の飛竜たちへ顔を向けた。
「私たちは森へ!」
ベルシエラは決然として号令を出す。
「了解!セルバンテス夫人!」
ラウール・ブランが元気よく応えて鋭角に降下を始めた。
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