161 雪龍山脈を越えて
アルトゥールの姿がゆらめいて、巨大な純白の龍が現れた。彼はそのまま離陸した。広い岩棚に立っていた飛竜騎士団員6名もアルトゥールに倣って次々と変身を遂げた。翼竜はクライン一族そのものだったのだ。
(飛竜に乗る騎龍騎士団じゃなくて、自分たちが飛竜の騎士団てこと?騎士というからには本来騎馬部隊なのかしら?)
ベルシエラは、この場ではどうでもいいことが気になった。目の前で、人間が馬より大きな飛竜に姿を変えたのだ。魔法のある世界とはいえ、変身は一周目でも見たことがない。驚きのあまり当面知らなくても良い事に考えを向けてしまった。
6人の飛竜騎士たちがアルトゥールと違ったのは、ベルシエラたちをひとりずつ乗せてくれたことだ。翼竜騎士は1人ずつベルシエラたちに声をかけ、崖の先端まで行って詠唱した。
「ラウール・ブランです。黄金の太陽城までお送り致します、セルバンテス夫人。よろしくお願い致します」
銀髪の青年がベルシエラに名乗る。礼儀正しく腰を折り頭を下げた。アルトゥールとは雲泥の差だ。
「よろしくお願いします」
ベルシエラは丁寧にお辞儀をした。騎士団員たちは少し驚いた顔をした。ベルシエラは彼らにとって、魔法使いとしてもエルグランデ国民としても格上の存在である。美空だった頃の感覚で挨拶を返してしまい、ベルシエラは少し後悔した。
先に浮かんでいたアルトゥールは、意外にも見下してはこなかった。彼はただ厄介ごとに巻き込まれて不快なだけらしい。
イネスたちが飛竜に乗り込む間、ヴィセンテに心の会話を送る。
(エンツォ、起きてる?まだ夕方じゃないけど)
反応はなかった。
(寝てるのかしら)
ヴィセンテも連日心配事だらけで疲れているのだろう。病弱な身で、毎晩対策会議をしているのだ。気を張っているだけでなく、単純に体力も使っている。薄い麦粥だけでは持たないだろうに、身体がまだそれ以上は受け付けないのだ。
ベルシエラたちの腰には、シャルル翁が持たせてくれた革袋がある。中には魔物の毒を消すクラインの花蜜茶が入っているのだ。
(この花蜜茶を飲めば、きっと良くなるわ)
飛竜騎士ラウール・ブランの背中に乗ると、ベルシエラは炎の防壁をめぐらせた。飛竜騎士に自分の魔法がどんな影響を与えるのか解らないので、自分たちだけにかける。
「まだ若い方におぶっていただく歳でもないのに」
「ご厄介かけます」
イネスとフィリパはしきりに恐縮している。しかし、男性3人からは高揚が見てとれた。
「これはなんともかっこいいですね」
「おお!勇壮ですねえ」
騎士たちは素直に感心する。
「変身魔法かあ!最高にクールじゃないですか」
エルナンは見習いとはいえ同じ魔法使いだ。飛竜のかっこよさではなく、変身そのものに心を惹かれたようである。
ともあれ皆は飛び立った。クライン領はギラソル領の北東にある。ふたつの土地を隔てるのは、雪龍山脈という山々だ。飛竜の力強い飛行で進めば、お隣の領までなどひとっ飛びである。
城のある森の上をぐるりと旋回し、海と逆方面へ飛ぶ。雪化粧の峰々を越えると、セルバンテスの城カステリャ・デル・ソル・ドラドが見えて来た。
「おい、なんだあれは?」
先頭のアルトゥールが急に身を固くする。
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