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貴方は私が読んだ人  作者: 黒森 冬炎
第九章 一匹たりとも魔物を逃すな

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160 飛竜騎士団の出発

 飛竜騎士団の発着所は、開けた岩場にあった。崖下には通り抜けて来た緑豊かな森が広がる。森の中にある雪龍城より向こうには、広い海が光っていた。


(あのあたりに打ち上げられたのね)


 ベルシエラは城に隠れて見えない海岸の方角を眺めやった。


(本当にみんな無事で良かったわ)


 運良くクライン領に流れ着いたから、魔物の毒も解毒出来た。ベルシエラの炎で守られていた為、切り傷や打ち身は免れている。この土地の清浄な空気に癒されて、体力も気力も向上している。一緒に流されて来た全員が万全の体調だった。



 発着所に並んだ飛竜騎士団員達は、揃いのマントを身につけている。白銀の飛竜を背中一面に刺繍して、マントを止める留金にはクラインの宝珠を模した琥珀色の飾りが付いていた。


 ベルシエラたちは辺りを見回した。皆そっと目を見合わせている。イネスとフィリパは不安そうに眉を下げていた。騎士たちの表情も硬い。森から上がって来て吹き付ける風で、エルナンのマントがバタバタと音を立てている。


 ベルシエラは困惑した。発着所には何もない。詰所には小屋があり、設備も整っていた。だがここには岩場があるだけだ。そして何より不審なことには、飛竜が一匹も見当たらないのである。



「あの、クライン様、飛竜は」


 ベルシエラは遠慮がちに尋ねた。アルトゥールは不快そうに一瞬眉を寄せる。


「特に秘密ではありませんが、言いふらさないで下さいね?」

「えっ、それはどういう」


 棘のある物言いに怯んだ隙に、アルトゥールはすたすたと崖端(がけはな)へと進む。もう進めないくらい先端まで辿り着くと、足を止めて懐から琥珀色の球を取り出した。クライン家の魔法媒体となる宝珠である。


 アルトゥールは両手で宝珠を捧げ持ち、何かぶつぶつと言い始めた。癖毛に山の風がさやさやと戯れる。ベルシエラは耳をそばだてた。


 アルトゥールの言葉は詩のような抑揚が付いている。だがセルバンテスの家訓とは違って、特定の形式に則ったものでは無さそうだ。


「古き淵より出づる者

 遥けき空を翔ける者

 霊獣の森を統べる者

 清浄なる頂に住まう者

 汝気高き翼ある者

 汝(さや)けき鱗ある者

 汝麗しき角ある者

 汝鋭き牙ある者

 爪に誓いし誠忘るな

 金眼に立てし操覚えよ


 彼方に憩える愛しき者よ

 久遠に微睡む慕わしき者よ

 今ひとたび瞼を上げて

 そのたおやかなる両翼を

 芳しき花園より飛び立つ力を

 遠く雪龍の血を継ぐ者へ

 しばし貸してはくれまいか


 我、雪翼(せつよく)龍の末裔(すえ)

 アルトゥール・シャルル・クラインと申す者なり

 ここに集いし6名の家族と共に

 雲の波間を滑りゆくため

 白銀の翼を(こいねが)


 アラエニベアエ(雪白の両翼)



 要するにご先祖様翼貸して、という呼びかけである。呼びかけるとご先祖様本人の幽霊が杖を持って飛んでくる、セルバンテス家訓の詩とは目的が違うようだが。


(ご先祖様の力を借りる、という意味では同じよね)


 などとベルシエラは親近感を抱く。その目の前で、アルトゥールの姿がゆらりと歪んだ。 


お読みくださりありがとうございます

続きます


閑話

翼竜


龍の翼は蝙蝠であることからも解るように、ヨーロッパの龍は概ね悪役。ただ、その強大な力から猛き者の象徴として家紋に採用されることも多い。町を守る守護龍の伝説も各地に残っている。


ウェールズ民話の白い翼竜グウィバーはワイバーンの語源となったと言われている

フランス民話の翼竜ヴィーヴルは額に宝石をつけていたり赤い眼だったり、ちょっとカーバンクルにも似たところがある


カーバンクルはブラジル発祥の怪物で、姿は諸説あり

額に赤い宝石をつけている可愛らしい獣の姿が日本では一般的

古い文献では、蜥蜴に似ていたり獰猛な犬に似ていたり様々

石炭のような赤目で鏡を額につけているとするものもある

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