159 霊獣たちの住む森
ベルシエラはシャルル翁の厚意に頭を下げる。
「願ってもないお申し出に深謝致します」
交流のない相手の助けをすぐに受け入れるのには多少の抵抗がある。だが、今は少しの時間も惜しかった。増え続ける魔物が棘の魔物だけとは限らない。魔物の繁殖に手を染めたエンリケ派は、メガロ大陸全土を開拓以前の状況に戻してしまう可能性がある。
(結局のところ、エンリケ派がなにを目指して魔物を増やすのか分からないもの)
ベルシエラは、伸ばされた手は迷わず掴むことにしたのだ。
(クライン領の魔法生物たちは、魔物とは程遠いんだもの。魔物を増やす奴等の仲間じゃないと思うわ)
ベルシエラははやる気持ちを抑えながら、振る舞われた食事を口に運ぶ。透き通った飴色のスープや、食べたことのない濃厚な味の肉団子が供される。色鮮やかな野菜の揚げ物、コリコリと歯応えのある貝と灰茶色の芋を煮込んだものも出てきた。
デザートとして配られたのは、蜜柑のように三日月型の房が並ぶ乳白色の果実だ。指先で房を摘むと、酸味のある香りが鼻をくすぐる。これを食べ終われば、すぐに出発だ。
「皆さんもどうぞ、飛竜にお乗りください」
「ありがとうございます。飛竜に乗ったことはないので、ご迷惑にならなければ良いのですが」
「なに、大丈夫ですよ。何と言っても飛竜で行くのが一番早い」
飛竜騎士団の詰所には、シャルル翁の孫で偏屈なアルトゥール・シャルルが案内した。器の大きなシャルル翁から名前を受け継ぐ割には、どうにも狭量な雰囲気の若者だ。
海に流されて来たベルシエラたちには荷物がない。部屋にも戻らず、食堂を出てそのまま詰所へと向かう。雪龍城の純白に輝く大きな門を出ると、外は森だった。タタッと音を立てて脚に翼が生えた灰色の猫が駆け寄って来る。
「岩跳び猫ですね?」
ベルシエラは興奮してアルトゥールを振り仰ぐ。初めて見るこの生物は、図鑑でしか見たことのない霊獣の一種だ。
「そうです」
アルトゥールは取り付く島もない様子で一言だけ答えた。
「この猫ちゃんたちが、私たちを見つけてお城に知らせてくれたんですって」
イネスがベルシエラに教えてくれた。アルトゥールは知らん顔で森の道を進む。祖父譲りの立派な体格で、焦茶色の癖毛を短く切って撫で付けている。
吊り気味の眼も祖父に似た金色で、不機嫌そうに細められていた。額は狭く、鼻梁は細い。大きめの口を囲む唇は薄く、くぐもった声で話した。
灰色の岩跳び猫達はしばらく後を追って来たが、やがてふいと木の間に消えた。森の中も城内と変わらず清浄な空気が流れていた。
白くふわふわな毛で覆われた兎のような生物が葉陰から覗く。この生き物からも、清らかな霊気が感じられる。翡翠色のリスや、鮮やかな青紫の小鳥、真っ赤な蝶や桃色の斑点がある鹿もいた。
他にもベルシエラの知らない霊獣たちをたくさん見かけた。渓流に差し掛かると、岩跳び猫達が遊ぶのが見えた。ベルシエラ達もごつごつとした岩を渡り、山の上へと登って行く。残念ながら、花蜜酒が流れる川はなかった。
中腹で詰所にいた6人の飛竜騎士団員と合流した。更にその先の発着所から飛び立つのだという。ベルシエラたちは、いよいよ黄金の太陽城カスティリャ・デル・ソル・ドラドに戻る。
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