156 霊獣の大地と龍人の城
開かれた扉の内側へと、ベルシエラは招き入れられた。
「よくぞご無事で!」
「ああ、良かった!」
イネスとフィリパは涙ぐんでいる。
「魔法を使いすぎて危険な状態だったと聞きました」
「もう3日もお目覚めにならなかったから、それはもう心配でした」
ベルシエラをテーブルに案内しながら、ふたりが鼻声になって話しかける。
「そうだったのね。心配かけてごめんなさい。さっき起きたから実感はないんだけど」
「体調はいかがですか?」
「何ともないわ。ありがとう、イネス」
ふたりはベルシエラより先に起きていたようだ。ベルシエラは聞いてみることにした。
「あなたたち、ここが何処だか分かる?」
「ここは霊獣の大地というところだそうでございます。このお城には龍人という方々がお住まいです」
「それじゃ、私たちがお世話になっているのはクライン魔法公爵家の雪龍城シャトー・ドラゴネージュなのね」
この建物は、神殿ではなかったようだ。エルグランデ王国四魔法公爵家のひとつ、クライン家の城だった。
クライン家は謎の多い家柄である。始祖が龍と友情を結んだとも契約したとも、また龍と情を交わしたとも言われている。
クラインの血族は自らを龍人と名乗る。だが、本当に龍の血を受け継いでいるのかどうかは定かではない。彼等は領地からほとんど出てこない。ベルシエラたちの結婚式には来てくれた。ひとことふたこと挨拶をした後に帰ってしまったので、交流は出来なかった。
体格はがっしりと大柄で、髪や眼の色は様々だ。噂では煌びやかな物が好きだというが、この城はむしろシンプルだ。俗物的な金銀宝石は見当たらない。その清廉な雰囲気に、ヴィセンテやベルシエラが神殿かと思ったほどである。
「ささ、どうぞ」
イネスが琥珀色の液体を注いだ半透明のグラスを渡してくれた。
「これは?」
「花蜜茶というものだそうです。このお城に古くから伝わる冷たい飲み物で、疲れも毒も取り除いてくれるんです」
「毒も?」
ベルシエラはグラスを持つ手に思わず力が入る。
「はい。私たち、あの植物の魔物の欠片と一緒に流れ着いたらしいんですけど、酷い魔法酔いになってたんですって」
ベルシエラは身を乗り出した。
「その欠片、取ってある?」
「残念ながら、魔法で消してしまったそうです」
「あ、そうよね。魔物の欠片ですものね」
魔物はほんの小さな欠片からでも再生してしまうのだ。処理してしまうのが普通の対応である。
「証拠は残せなかったけど、クライン家に証言はしてもらえるかしら」
「頼んでみる価値はきっとありますよ、奥様。もうすぐお昼ですし、その時にでもお話になられたらようございますわ」
イネスの励ましを受けて、ベルシエラは元気を取り戻した。
「それより奥様」
イネスは難しい顔をしている。フィリパも硬い表情だ。
「何?どうしたの?」
ベルシエラは冷たい花蜜茶を一口ごくりと飲み下す。
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