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貴方は私が読んだ人  作者: 黒森 冬炎
第九章 一匹たりとも魔物を逃すな

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155 ベルシエラは扉を叩く

 ベルシエラは一周目でも今回でも、この国の神殿を訪ねたことがない。話に聞く限りでは、神社よりは寺院に近いようだ。ただし、寺院ともまた違う。神仏の像はひとつもない。御神体やご本尊という発想もない。


 神殿では、神官と呼ばれる世俗を捨てた人々が共同生活をしている。この国では死者は自然に還る。幽霊や魂は、宗教上存在しないことになっている。


 自然全体が神と捉えられているところはアニミズムのようでもある。だが、それぞれに神格が宿るという教義ではないのだ。



 霊獣と呼ばれる存在は、そうしたエルグランデ王国の宗教観で説明がつかない。いわばイレギュラーなので、神獣ではなく霊獣とよぶ。霊獣には様々な神秘の力が宿ると言われている。


(神殿なら、やっぱり浄化の魔法もあるわよね?)

(分からない。あれは月の民の魔法だからねぇ。でも、別の毒消しはあるかもしれないね)


 ベルシエラはがっかりした。美空の頃に楽しんだ映画やゲームだと、神殿はほとんどの場合浄化の力と関係がある。だが、エルグランデ王国の神官達は自然と共に生きているだけの人々なので、期待出来ないのだと分かった。


(とにかく人を探さないとね。みんなのことも)

(そうだね。僕は夕方の情報交換まで一眠りしておくよ)

(それがいいわ。ゆっくり休んでね)

(そうさせてもらうよ。おやすみ)

(後でね、おやすみ)



 ティムが仲間だと判ってから、ヴィセンテは夕方に情報交換会を開催しているのだ。水薬(ポーション)を飲むタイミングで、先代夫人と杖神様の幽霊がヴィセンテの部屋にやって来る。


 時には帳簿係のフェルナンドも呼ぶ。薬を飲む時間なら起きているから、というのが口実である。魔物の危機が迫っている現状も、財務担当官を呼び出す隠れ蓑になった。


 ティムが同席していても、投薬のタイミングならエンリケから疑われる心配もない。ティムは相変わらず、主人の為を思うあまりにエンリケに騙されているという立ち位置を保つ。



 テレサもこれに参加する。ティムだけは心の会話が出来ないので、ヴィセンテが通訳をする。


「御当主様を取り次ぎみたいにお遣い立てするなんて」


 トムは断ろうとした。


「必要なことなんだ。取り次ぎじゃなくて、大事な指示だと思って聞けばよい」


 ヴィセンテが諭すと、トムは及び腰になりながらも主人と祖先の話を聞かせてもらうことを受け入れた。



 ベルシエラは大きな窓から空を見る。窓には魔法で透明な膜が張られていた。虫やゴミは入ってこないようだ。


(太陽が高いわね。夕方まで半日あるわ)


 ベルシエラは廊下に並ぶ扉を眺めた。


(ノッカーが付いてる。倉庫じゃなさそうね)


 ベルシエラは深呼吸をすると、意を決してひとつの扉に近付いた。重たい金属のわを持ち上げて、コツコツと扉を叩く。


「はーい、どなたですか?」


 イネスの声がした。


「イネス!無事だったのね?ベルシエラよ」

「奥様!」


 扉は外側に向けて開く。イネスの後ろにはフィリパがいた。ベルシエラのいた部屋よりやや狭い。ベッドはふたつ並んでいた。


お読みくださりありがとうございます

続きます

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