150 植物の魔物
カルロスが出発してしばらくすると、ベルシエラは休憩の提案をした。騎士ふたりがマントを敷いて、イネスとフィリパを座らせる。ベルシエラにも声をかけるが、断られた。
「私は出来る限りの観察をしておくわ」
「奥様もお休みにならないと」
「ありがとうイネス。疲れたら休むわよ」
「またそんなことをおっしゃって、奥様は働きすぎですよ」
「小言は後でね?いま忙しいのよ!」
ベルシエラは笑顔で謎の果実と向き合った。
エルナンも興味深そうに植物へと目を向ける。騎士ふたりは油断なく辺りに気を配っていた。
「え?」
エルナンのつぶやきに、ベルシエラが振り向く。
「エルナン!下がって!」
「え?え?」
ベルシエラは叫びながらエルナンに飛びつき、首根っこを掴む。掴んだまま後ろに跳んだ。イグナチオがイネスとフィリパの前に出て庇う。
「奥様!」
アルバロがベルシエラたちのほうへ走った。エルナンが見ていた植物の辺りから、水が細い縄のようになってたち上がっていた。水はそのままヒュンと音を立てて、ひしめく果実を撫で斬りにした。
「ああっ!」
ベルシエラは思わず叫び、皆に炎の防壁を纏わせた。バラバラの位置にいたので、1人ずつ幕のように炎で覆う。
斬られた果実から勢いよく薄水色の液体が飛んでくる。うねっていた茎が激しく蠢く。ゴッソリと持ち上げられた謎の植物は、茎の下に吸盤のようなものが付いている。これで滝壺に貼り付いていたのだ。
植物は次々に水の縄から逃れ出る。逃れ出てバシャバシャと滝壺に落ちた。だが、大人しく元の状態には戻らない。素早く泳いで岸についた。一部が欠けた植物の群は、ベルシエラたちの方へと這い上がろうとしている。
「奥様ぁ!」
「ひいい」
イネスとフィリパが腰を抜かしている。騎士たちはふたりを助け起こした。
「奥様、この植物は意志を持っております!」
エルナンが青褪めた顔で叫ぶ。自立移動をしているのを見れば、最早疑う余地はない。
「そうよ!やっぱり魔物だったのね!」
ベルシエラは炎で焼き尽くそうとするが、水が竜巻のように渦巻いて襲って来た。炎を飛ばす前に、ベルシエラ自身が水に巻かれてしまう。薄く張った炎の防壁ごと、ベルシエラは魔物の中へと放り込まれてしまった。
跳ねた飛沫が地面に敷かれたマントにかかる。マントには今、防護を施していない。道すがらに着いた小さな虫や草の葉が水滴に触れる。エルナンが恐怖に目を見開く。
「奥様、この水もただの真水じゃなかったんですね?」
植物は枯れ、虫は動きを止めて息絶えたのだ。
「違うわ!水はただの水よ!でも毒の汁が混ざっているから」
蒼い炎を纏わせたナイフで、ベルシエラは魔物を焼いてゆく。キリがないのは元より承知だ。岸に上がるためだけに目の前の魔物を切り裂いては焼く。騎士たちの剣は、迂闊に斬れば毒の汁を溢れさせてしまう。ベルシエラの炎で守られるとはいえ、量が多くなればなんとも言えない。
「奥様、掴まってください!」
アルバロが鞘ごと剣を差し出す。途端に水が隆起して、アルバロも魔物の暴れる滝壺に落とされた。
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