146 縦穴を下りる
最後の床は一際分厚く複雑だった。
「これを破ると作動する罠があるかも」
ベルシエラは慎重に探る。
「まあ、大丈夫でしょ」
ベルシエラは自分の作った炎の球に自信を持っていた。調べた限りでは、ベルシエラの魔法を破るような攻撃は仕掛けられていないようだ。そこで、それまでと同じようにすり抜けて行く。傍らでは海水の滝が轟音を立てて落ちてゆく。
相変わらず洞窟の中では磯の香が感じられない。明らかに海から流れ込んだ大量の水が流れ落ちていると言うのに、山の中にある滝のような匂いがした。洞窟内の環境は、魔法で森や山のように整えられている。
最後の床を通り抜けてからしばらくは何もなかった。暗闇に縦穴が続いている。そこを静かに下りていく。
「油断を誘うのも込みで罠が仕込んであるみたいね」
滝の音でかき消されないように、ベルシエラは魔法を使って皆に知らせる。騎士ふたりは顔を引き締めた。腰に帯びた剣に手をかけている。魔法使い2人は何を考えているのかわからない。無表情だ。魔法使い見習いのエルナンは不服そうな顔を継続している。
イネスとフィリパは肩を寄せ合って微かに震えている。ベルシエラの魔法で暖房は効いていた。寒さからの震えではない。幾重にも張られた防壁や、罠があるという言葉に怯えているのだ。ベルシエラや騎士たちを信頼しているとはいえ、一介の付き添い婦人である彼女等には恐ろしい体験だ。
この国のダマ・ドノールと呼ばれる女性たちは、貴族の出身である。お仕着せはなく、出身身分に相応しく着飾るのが習わしだ。着替えの手伝いをしたり、ちょっとした物を取りに行ったりするのは小間使達だ。
ダマ・ドノールは小間使に指示を出したり、身につける物を選んだり、女主人の話し相手になったりする。護衛でもなければ下働きでもない。ただのか弱い貴族女性だ。得体の知れない場所の探検や肉体労働には向かないのである。
「さて、そろそろ底に着くわね。明るくしても大丈夫かな?」
ベルシエラは灯りの炎を大きく強くした。見える範囲がぐんと広がる。イネスとフィリパは少しだけ安堵の表情を見せた。やはり見えないということは恐ろしいのだ。暗闇には何が潜んでいるのか分からないのだから。
いよいよ地底が見えてくると、四方から火の玉やら槍やら矢やら礫やらが飛んできた。網も投げられた。毒の霧も発生する。だが、全てベルシエラの炎に焼かれて灰となった。騎士たちは拍子抜けで気まずそうな顔をした。
「罠も終わったみたいだし、出ましょうか」
ベルシエラは全く動じずに炎の球を解除する。その冷静さに魔法使いと騎士たちは恐怖を覚えた。
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