145 洞窟の奥で
ベルシエラの爪先が、急な落差を捉えた。
「みんな止まって。段差があるわ」
灯りの範囲を広げて下を調べる。
「ご婦人方が下りるのは無理そうですね」
アルバロが言った。
「俺らが下りても、登れるかどうか」
突然の落差はかなり大きい。ぎざぎざの岩が殆ど垂直に切り立って、底は暗黒に溶けている。
(魔法の気配が強いわね。何枚も壁が建ててある。何かを隠しているみたい)
ベルシエラは逡巡した。明らかに何かある。ここで引き返したら隠蔽されるかも知れない。かと言ってイネスたちを連れて行くのは躊躇われる。
(エンリケ派の魔法使いと一緒において行くのも不安だわ)
ベルシエラが席を外した隙をついてイネスたちに危害を加えられる事は、想像に難くない。
(魔法使いだけ連れて下りるのも手だけど)
ベルシエラは背中に弓、腰に箙とナイフを帯びている。手元に戻る魔法の矢も充分にある。3人程度が相手なら囲まれても反撃する自信があった。
(気配はなくても魔法生物や罠が隠されているとも考えられるし)
ベルシエラは決断した。
「みんなで下りてみましょう」
「無謀じゃないですか?」
エルナンの非難には答えず、ベルシエラは一同を炎で覆われた球形の空間に入れた。
青い炎が表面を覆う空気の球は、一同を乗せて暗闇に浮かぶ。灯りで周囲を確かめながら、ベルシエラは空中を下がってゆく。段差から勢いよく海水が落ちていた。
下りてゆく途中には、見えない床が何枚か張られていた。ベルシエラの空気球は難なくすり抜ける。段差が作る岩壁と見えない床には、海水が滝となって落ちる隙間があった。生身で飛び込んだらただでは済まされない速度で流れ落ちていた。
「周りも見えないし、下も見えない」
エルナンがぶつくさ言っている。イネスとフィリパに睨まれても怯まない。
「こんなとこ下りて、何をしようって言うんです?道を確かめたらすぐに戻るんじゃなかったんですか?」
「状況が変わったのよ。あなたも魔法使いなら、周囲を探ってご覧なさいな」
ベルシエラは厳しく叱りつけた。エルナンは気圧されて黙る。エンリケ派の魔法使いふたりと騎士ふたりは、その気迫に驚いた。
エルナンだけでなく、その場の誰一人としてベルシエラの実力を知らない。弓矢とナイフを使っている場面を見たことがないのだ。王命で来た庶民出身の魔法使いということしか分かっていない。魔法については、吹雪を越えて並外れた才能があることは知っていた。
それも攻撃的な局面とは言えない。だから、まさかベルシエラの言葉に畏怖を感じる時が来ようとは思わなかった。威圧とも言うべき気配をぶつけてくる当主夫人に、空気球に包まれた人々は黙って従うしかないのであった。
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