144 ベルシエラは海辺の洞窟を調べる
一行の目の前にぽっかりと口を開けた岩穴は、暗くて手前しか見えなかった。中の様子はまるで分からない。
(変ね。川の水と同じ匂いがするわ)
ここは海岸である。岩棚は下り坂になっていて、岩穴は半分海に浸かっていた。だが岩穴から流れてくる空気には、潮の香りがしなかったのだ。
(幾つもの魔法が掛けてあるわね)
ベルシエラは目を凝らす。
(中は真っ暗だし、何があるのか分からない。一旦引き上げるか、それとも少し進むか)
岩穴の入り口には、見えない魔法の壁がある。ベルシエラには通り抜けることが容易だ。数々の罠も対処出来る程度の魔法だった。物理の罠はアルバロとイグナチオが解除してくれるだろう。ある程度は森育ちのベルシエラでも出来る。
「入るわよ」
ベルシエラは宣言した。今回は皆に防護の魔法をかけておく。
「それじゃ、付いてきて」
魔法使いたちの顔色が悪くなった。
(何かに気付いたのか、それともここにある物を知っているのか)
ベルシエラは最後尾の3人に注意を向けつつ、洞窟の暗闇へと足を踏み入れた。
洞窟の中はしばらく海水が流れ込んできていた。明らかに海と繋がっているのだが、森の中のような匂いがした。湿った岩壁には何も生えていない。立って入れる入り口だったが、進むに連れて天井は益々高くなる。壁沿いに出来た細い岩棚を、一行は一列になって進む。
ベルシエラは魔法の炎で行手を照らしている。
「もっと明るくならないんですか?」
エルナンが咎めるように言った。
「何があるのか分からないでしょ?明かりに刺激されて凶暴化する生き物が潜んでたらどうするの?」
ベルシエラは振り向かずに答えた。エルナンは食い下がる。
「暗闇に潜んでいる生き物もいるんじゃないですか?」
「それは襲われた時に対応すればいいのよ」
「刺激されなくても襲ってくる奴がいたら?」
「その為にあなた達がいるんでしょ」
「ですから、前もって対処出来るように、もっと明るく」
エルナンの要求をアルバロが制止する。
「あまり声を出すな。音に反応する生き物もいるからな」
ベルシエラの魔法で、足音や声は反響しないようになっている。それでも完全な消音ではない。過敏な生物がいたら、攻撃してくる可能性もあった。
エルナンは反抗的な眼付きを残したが、結局は黙った。
一行は黙々と進む。気温が下がって来たので、ベルシエラが暖房の炎を灯した。魔法使いたちを見ると、当然のような顔をして自分たちも温めてもらおうとしていた。ベルシエラは諦めて、3人にも暖房をかける。
凍える心配がなくなり、ベルシエラは再び辺りの気配を探る。
(生き物の気配は無いのね。魚も入ってこない。海藻も、苔すらないわ)
まるで人工空間のように、海の洞窟には命の気配が全くなかった。
お読みくださりありがとうございます
続きます




