136 ソフィア王女の決断
初めての野営訓練に喜んでいたあの夜、ソフィアに忠誠を誓った剣士がいた。その純粋な心に胸を打たれて、生涯共に歩んで行きたいと思った少年だ。
(私の仔犬ちゃん)
幼い日の隊長は、ソフィアが魔物討伐に出かける時にお供したいと言ったのだ。ソフィアはそれを許した。
(貴方は男の子だったけど、初めはとても綺麗な女の子に見えたわ。御伽話に出て来る月の剣士かと思った)
月の剣士は、子供を魔物から守る妖精の少女剣士だ。
(そして貴方は、私を月の剣士だと思った)
ふたりは月の剣士なのだ。メガロ大陸に住む全ての子供達を魔物から守る者たちなのだ。
(私たちは魔法が使えないけれど)
ソフィアは静かに目を開く。
「皆さん。エルグランデ王国王女ソフィア・エミリア・ラモナの権限により、只今を持って当馬車隊をギラソル領緊急魔物討伐部隊に任じます」
ソフィアの声は朗々と響く。雪原で食事を摂っていた他のテーブルからも注目が集まった。
エルグランデ王国の王族には、魔物討伐に関する権限が与えられていた。緊急時には、速やかに討伐隊を編成し対処することができるのである。
「隊は二班に分けます。ひとつは黄金の太陽城防衛班。もうひとつは首都への伝達班。戦えない者は後者に。両班共に騎士と魔法使いの両方を配属します」
一同はざわめいた。
「黄金の太陽城防衛?」
「城が襲われてるのか?」
「あの大群じゃなあ。無理もない」
ソフィアは最後に隊長へと顔を向けた。菫色の瞳に迷いはなかった。
「細かい編成をお願いしてもよろしい?」
「仰せのままに、我が姫よ」
隊長は熊と剣との紋章に手を当てて頭を垂れる。それから皆を見回すと、瞬時に適性を測った。
「恐れながら申し上げます」
「申してみよ」
この場でソフィアは最高権威者だ。ふたりは上司と部下である。ソフィアは同時に王女としてここにいる。
「防衛には、我ら巡視隊が通常任務の一環として赴きます」
「えっ?」
ソフィアの瞳を恐怖が染める。
「王女様は、魔物に慣れない皆を無事に首都まで導いて下さいませ」
「そんな。駄目よ!ペピート!無謀だわ」
「いいえ、王女様。その方が勝算があるのです」
実のところ、ベルシエラも同じ意見だった。逃げるだけでも苦労したソフィアの馬車隊は、群をなして押し寄せる魔物から城ひとつを護る任には向かないだろう。
「王女様。どうか一刻も早く援軍をお遣わし下さいませ」
ベルシエラは凛として願い出た。正式な緊急救援要請である。ベルシエラは深々と頭を下げて続けた。
「ギラソル魔法公爵夫人ベルシエラ・ルシア・セルバンテスより、謹んで救援のお願いを申し上げます」
「そなたの願い、聞き届けよう」
王女は厳かに受諾する。その後で、不安な声で聞いてくる。
「ベルシエラ、貴女もホセと同じ意見?」
「恐れながら。隊長のご判断が最良かと」
ソフィア王女は悲しそうに眉を下げる。
「そう。分かったわ。そうしましょう。出立は明日、今夜はよく休むように!以上」
「はい!」
一同の声が揃い、食事を終えた者からテントに引き取った。ベルシエラは挨拶もそこそこに、泊まっている宿屋へと走って行った。
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