134 ベルシエラの懸念
隊長は遭難した時の状況を詳しく語り出した。
「黄金の太陽城を出てから三日目の昼過ぎだったか。その日はまだ雪は降っていなかった」
「森の出口に近づいていたんですね?」
「そうだな。大所帯だし、旅慣れない者もいたから進みは遅かった。明日は森を抜けるだろうと思っていたんだが」
ベルシエラは青くなった。ベルシエラが旅立ちの準備をしていた頃、魔物は既にソフィア王女一行を襲っていたのだ。それから五日は経っている。今頃は、魔物の群れが城に押し寄せているかもしれない。
「木の陰から急に紫色の棘が飛んで来てな。幸い魔法の防壁で負傷者はいなかったんだが、行けども行けども棘はやまなかったんだ。初めはパラパラって感じで、だんだん増えてな。仕舞いには四方八方から棘が降って来た」
ガヴェンとフランツの他にも、ソフィア王女一行には優秀な魔法使いがいる。ベルシエラは疑問に思った。
「攻撃はしなかったのですか?」
「防壁でやり過ごして森を抜けるつもりだったんだよ。体力を消耗したくなかったからな」
棘の魔物は姿を見せない。ギラソル領では古代から引き継ぐ対処法があるのだが、外部の人たちには厄介な相手である。動きも速く、迂闊に近づくのは危険だ。
「逃げ続ければ、馬も人も疲れて来る。車輪だって弛んでくるし。そうこうする内に吹雪いてな。魔法使いは交代しながら守りに徹することにしたんだ。騎士たちは馬やソフィア王女様の付き人たちが倒れないように気を配り、とにかく進んでいたんだよ」
一同は呑みも食べもせず、恐ろしかった体験を思い返している。
「その間もずっと棘が?」
「そうだ。そっちに気を取られて、正しい方角を見失ってしまって。ようやく棘が来なくなった頃には、周りに木が全くないようで、焦った」
「首都の方へ抜けたなら、街道沿いに木が生えているものねぇ」
ギラソル領には荷物の運搬路がある。そうした道は首都から城へと続く馬車道に合流する。前の見えない吹雪の中では、曲がりそこなうこともあるだろう。
「吹雪も止んだことだし、改めて首都に向かうよ」
「森に戻ったら、また魔物が出るんじゃないですか?」
「それなんだよなあ」
隊長は藍色の眉を寄せる。
「雪が止んでも毒の棘の嵐じゃなあ」
一同は暗い顔で俯いた。
「棘」
ベルシエラはハッと顔を上げる。
「そうよ。棘。それに最近急に増えた毒の被害者。大変だわ!きっとそうだわ!」
「どうしたの?ベルシエラ?」
急に立ち上がったベルシエラに、ソフィア王女が不思議そうな顔で尋ねた。
「ソフィア王女様。大変なんです。いえ、まだ確かにそうとは言えないんですが」
「何が?」
「魔物は少しでも体が残っていると、そこから再生してしまいますよね?」
「ええ。種類によって再生時間は違うけど」
そこまで聞いて、隊長の眉間に深い縦皺が刻まれた。
「棘が残されている限り、魔物は再生してしまうのか」
「ええ。それで棘の魔物は根絶やしに出来ないんですけど、そうじゃなくて」
「そうじゃないとは、どういうことだ?」
ベルシエラは仮設テーブルに両手をついて、懸念を告げた。
「エンリケ派の魔法使いたちが、魔物の棘を集めているんです。暗殺に使われているらしいんですが、棘の魔物はつい最近まで時々しか出なかったんですよ。それにしては最近の不審死は多過ぎるんです。もしかしたら再生を待って繁殖させていたんじゃないかと」
巡視隊と王女は凍りついたようにベルシエラを見つめた。
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