133 遭難の理由
巡視隊の魔法使いふたりは、上機嫌で酒盃を掲げる。
「お疲れー!かんぱーい」
フランツ専用に行きと帰りの分を積んでいたようなのだが、ガヴェンもお相伴しているらしい。他の面々は、ソフィア王女から振る舞われた酒を嗜んでいる。体の芯からあたたまる薬草入りの熱々な果実酒だ。
「まさか、王宮の馬車に便乗したんじゃ」
ベルシエラは疑いの目を向ける。
「違ぇよ!よく見ろ!俺ん家の紋章が付いてんだろ」
確かに本に鳥の羽が一本交差したプフォルツ魔法公爵家の家紋が、酒樽を積んだ魔法馬車の横腹にデカデカと描かれている。フランツの魔法で適温に保たれているらしい。蓋付き金属ジョッキも複数持ってきたようだ。
「んーっ、旨ぇー!この苦味がなんとも言えねぇよなぁー!俺、フランツんちの子になりてぇ」
ガヴェンは食事もせずにグビグビと杯を煽る。
「姉貴の婿さんに来るかぁ?」
フランツも上機嫌で口の周りに泡をつけている。
「おおっ、いいなそれ!カチア姉貴はいい女だよなぁ」
「は?お前それ、本気か?おっかねぇ次期魔物討伐隊長だぜ?」
「お前と違って綺麗な顔してんしよ!」
「綺麗かぁ?顔っつうより面構えって部類だろ?親父に似て。下手すりゃそこらの魔物のほうが美形だぜ?」
「ひでぇなぁ、おい!実の姉貴だろうがよー」
「いいんだよ、姉貴だって俺のこと好き放題言いやがるから」
ふたりは大笑いした。笑いながら魔法で樽を持ち上げ、それぞれのジョッキを満たす。
ベルシエラは不味いと思った。黄金色の泡立つアルコール飲料のことではない。彼ら二人は大酒飲みだが大虎になるのだ。要するに酒乱だ。呑みすぎてはいけない。暴れ出したら隊長が制圧するので事故は起きないのだが。
それよりも重要なことがある。理性があるうちに、聞きたいことを聞いておかなくてはならないのだ。
「ねえみんな、聞きたい事があるんだけど」
ベルシエラの一言に、巡視隊の視線が集まった。
「何で広野にいたのよ?」
ベルシエラはズバリと聞く。巡視隊とソフィア王女は、互いに目配せをした。誰が話すか押し付け合っているのだろう。精鋭部隊が遭難しかけたのだ。恥ずかしいのである。
「それはだな」
無言の圧力に負けた隊長が、きまり悪そうに口を開いた。
「魔物に囲まれて逃げる内に吹雪いて来てだな」
隊長は逃げ出したことも、吹雪を言い訳にしたことも屈辱に感じているようだ。しかし、ベルシエラの意見は違う。
「囲まれた?どの辺りで囲まれたんですか?」
ギラソル領に魔物が出没するのは月に一度あれば多い方だ。王女一行を囲むほどの大群が襲って来るなど、近年稀に見る異常事態である。
(どうしよう。お城に戻ったほうがいいかしら?)
ベルシエラはヴィセンテが心配になる。城に魔物が入り込んでしまったら?防壁があるとはいえ、例外はいつでも起こり得る。そうでなくとも、魔物が急増すれば物資の輸送路が絶たれてしまう。
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