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貴方は私が読んだ人  作者: 黒森 冬炎
第七章 遍歴のベルシエラ

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132 公爵様の夢はこがねいろ

 ベルシエラはソフィア王女からの誘いを受け入れた。


「ありがとうございます。ところで、王女様は村の宿屋にお泊まりになるのでしょうか?」

「私もテント泊よ?あたくし、野営は得意なの」


 胸を反らすソフィア王女に、隊長の顔が綻んだ。


「そうそう、ベルシエラには、お話したい事があるのよ!」


 幸せそうに告げるソフィア王女に、ベルシエラは思わず微笑んだ。隊長を見ると鼻のあたりが赤くなっていた。


(今回も結婚式の帰り道にプロポーズされたのね)


 一周目のソフィア王女が、半年もしないうちに黄金の太陽城を訪れたのは婚約の報告だったのである。ベルシエラが介護で城を離れられない為、姉貴分を自認するソフィアが自ら知らせに来てくれたのだ。手紙でも報告は届けたが、やはり直接伝えたかったのだと言っていた。



 一周目の城では、これもまた悪妻の噂が広まるのに拍車をかけた。王女を呼びつけた、申し出があっても断るのが常識、傲慢、厚かましい、等々。


 王女の滞在中、ベルシエラが食卓に現れないのを不審に思った王女は、こっそりと食べ物をくれた。表立って同席することはなく、散歩を口実にさりげなく会った。普段は側にいられない王女が不用意に助けると、却って虐待がエスカレートしそうだったのだ。


 今回は正式な決定の前に、偶然聞くことになりそうである。


「お話、楽しみですわ」

「うふふ、楽しみにしててね」



 夕食の時、ベルシエラは誰も連れずに巡視隊と合流した。イリスには悪いと思ったが、まずはひとりで話を聞きたいと考えたのだ。


「よう!ベルシエラ。来たか」

「こっち来て呑みなよ」


 ベルシエラは巡視隊のテーブルに招かれる。隊長の隣には、いつもの通りにソフィア王女が陣取っていた。


「いらっしゃい」


 王女が歓迎し、隊長がベルシエラの前に金属製の蓋付きマグを置く。ベルシエラが薬湯を入れる器に似ているが、大きさは倍以上ある。フランツの故郷で最近流行している、クルークと呼ばれる器だ。陶器が主流なのだが、フランツはガヴェン経由で手に入れた魔法金属で作ったのだという。


 中に入っているのは、ヘルツォクストラウムと呼ばれる飲み物である。これは、プフォルツ領で近年量産化に成功した特産品だ。


 特産品ではあるが、通常貴族は口にしない酒であった。フランツは故郷の酒をこよなく愛していた。それはフランツがますますご令嬢方に避けられる原因ともなっている。


 ヘルツォクストラウムは、赤みがかった黄金色の酒である。注ぐと勢いよく泡立って、上部にはこんもりと白い泡が盛り上がる。口を近付けると野生味溢れる香りが鼻腔をくすぐる。喉を通るその瞬間には、緑豊かなプフォルツの森を行き過ぎる風を感じる。夢幻の中で駆け抜ける風は、森の向こうに広がる果てしない穀物畑を渡ってゆく。



「フランツ、こんなもの運んでたの?」

「なんだよ、ベルシエラ。呑まねえのかよ」

「いただくわ。まさかビア樽運んでるとは思わなくてさ」

「ビアダル?ギラソル古語か?」

「え、あ、いや、まあ、そんなとこ、かな?」


 思わず美空時代の言葉を使ってしまい、ベルシエラは慌てて誤魔化した。


「ははっ、フランツは貧乏舌だからなー」

「うるせぇ、ガヴェン。文句言うなら呑むな」

「だが呑む」


 どうやら道中自分で呑むために、フランツは樽を荷馬車に積んでいたようだ。


お読みくださりありがとうございます

続きます


閑話

パンとビールは庶民の味方


イベリア( スペイン)のパンは古代ローマ人にも「軽くて美味しい」と評されたとか

イベリア半島の原住民が作るパンは、ビール酵母を使っていてふわふわ( 古代ローマ比)だった

生地は甘みのあるハード・ドウに近いものだったという


ピレネー山脈より北の地域( フランスやドイツ)が茶色いパンを食べていた頃、スペインでは白いパンを食べていたと言われている

庶民はやはり、ライ麦やふすまなどを混ぜたものや全粒粉のものを食べていたが



10世紀くらいから普及したといわれるブレッツェ( プレッツェルの南ドイツなまり、売り子のお爺ちゃんが、この街発祥だから発音はこれが正しい!と言ってた)も、中は白い

コチコチモソモソで塩味が強く保存食だったという

私が初めて食べたのもそんな感じで、「ワインに浸してくえ!」言われた

個人的にはフワフワタイプよりコチコチの方が好きだなあ

このパンの起源は諸説ある

伝説がたくさんあるほどに古くから、広域で親しまれていたパンのひとつなのである



大聖テレジアで有名なアヴィラの街には、聖女テレサ( テレジア)の頃(16世紀)に供されていた食事を提供するレストランがある

もちろん、現代風アレンジは加えてありお値段も庶民的とは言い難い歴メシなのだが

昔筆者が訪ねた時には休業日だったのだが、道を教えてくれた人からは「絶対食べるべき!」「レストランは美味だが復元メニューは不味い」の両極端な意見を聞いた

いつか再訪して是非とも食べてみたいと思っている


その店の近くで、当時は「テレサの丸パン」なるものが売られていて、これは大きな白パンだった

平らではなく、ドーム型に近い普通のパンだった

ただ、ひと抱えほどもある大きさであった

とにかくでかかった


日本のお菓子カステラのルーツと言われるどっしりとした焼き菓子も、16世紀くらいにアヴィラで作られるようになったという

日本人の感覚だと、お菓子というよりパンに近い食べ物

これには大量の玉子を使用する

日本人はおおかた不味いという

90年代にアヴィラで売られていたものは既に現代化されていたものの、やはり日本人には不評だった

今は観光用にもっと美味しくなってんじゃないか?


歴メシといえば、「聖テレサの卵」という復活祭の時期限定の季節菓子もある

私は好きなんだけどな

お土産で配ったら、みんな不味い言ってた


16世紀は15世紀までと比べて食卓事情が大きく変わる

貴族は手づかみ食に終止符を打ち、ついにテーブルナイフとゴブレット以外の食器を使いこなすようになった


筆者が大好きなカチコチ円パンことトレンチャーも、16世紀には木材などの食べられない( ガッカリ!)素材で作られた皿の名称に変化していった


一昔前に流行ったシュトーレンは本場ドイツでは保存食で、

1990年代半ばまでは昔ながらのドライフルーツぎっしりコッチコチパン、ヘットと粉砂糖をねったものでベタベタコチコチのコーティング、ゴリゴリとノコギリナイフでうすーくカットして暖かいワインに浸してふやかしてたべるものだった


友人宅で初めて食べた時は、何というかものすごい衝撃を受けた

これも私は大好き

当時のは日本人は嫌いで、クリスマス市の模倣と共に紹介されたがすぐに廃れた

外側のベタベタは剥がして捨てるとかいうデマも流れた

ボンタン飴のオブラートを、ビニールフィルムだと思い剥がして捨てる人と同じ類だよね


近年、お菓子化された日本式シュトーレンが人気になったことがある

日本式1人用でふわふわお菓子のやつも好き

あれも日本に来て美味しくなった食べ物のひとつだよね



パン酵母に使われたビール、多くの人が知るように最古の記録はメソポタミアにある

ジャパンビアタイムズを愛読してる人々にはほとんど常識かもしれないが、ホップ入りビールの歴史は一般に思われているよりは古い


8世紀にはホップの添加が始まった

9世紀とする記事もある

扱いの難しさから本格使用は13世紀のボヘミア( チェコ)まで待たなければならなかったが

おとなりのドイツでは、13世紀を通してホップの使用技術が向上し、ビールは劇的に美味しくなった

14世紀には家内生産から工場生産に移行

この頃は、ジョグと呼ばれる水指のようなもので呑まれていた

15世紀末には工場で大量生産して居酒屋に出荷されるまでになっていた

ビーアクルークと呼ばれる蓋付きマグが誕生したのもこのころである

スペインでは16世紀初頭にホップ入りビールが大流行したという


しかし貴族はだいたいワイン


尚、イングランドでは17世紀になっても、ノンホップのエール( 現代のエールとは違う、水とモルトを発酵させたやつ)が呑まれていたそうな

古文書の「ホップは入ってない」を「ホップ添加禁止」と解釈した為と言われている



普通に現代ぽいビールが覇権を握るのは、19世紀以降

銀座ライオンの創業は1889( 明治32)年

日本も世界のブームに乗り遅れなかったのはすごい

さすが呑みだおれの都

あまり知られておりませんが、江戸時代には

「京の着だおれ」「おおざかの食いだおれ」「江戸の呑みだおれ」

と言われるほど、お江戸は酒浸りの町であったのでした

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