131 雪空は晴れて
ベルシエラたちが幾重にも連なる丘を登り降りしてゆくうちに、次第に風が収まってきた。四日四晩続いた猛吹雪もついに終わりの日を迎える。空は晴れ上がり、彼方に海も見えてきた。
雪に覆われた丘の麓に目指す村があった。そこで一泊して英気を養う。そのまま海の方へ進めば、崖端に建つヒメネスの城へと辿り着く。城へと登らずに緩やかな斜面を降ってゆくと、海辺の町に出会うだろう。
夕方にはソフィア王女たちが追いついた。ベルシエラは一行を連れて王女を訪ねた。大所帯なので、村の外に留まっていた。巡視隊の面々が先頭に立って野営の準備をしている。
フランツは茶色い光で雪の表面をザクッと削る。その後しばらく光っていると、大勢で突き固めたような状態に変わった。
「こんなもんか?」
「おう、いいんじゃね?」
ガヴェンは手袋の上から指輪に口付ける。赤い光が飛んで行き、綿帽子を被った丘の木々から手頃な枝が切り出された。フランツが平らに固めた場所の所々にガヴェンの赤い光が枝を運んで刺して行く。埋没したり抜けたりしないように魔法で加工されている。
「流石にちょっと疲れたぜ」
フランツは汗を拭っている。ガヴェンもフーッと白い息を吐き出す。
「だよなぁ」
「お疲れ様、ふたりとも。これ、ソフィア王女様から」
目も髪も茶色いカッレ・ヤンセンが暖かい飲み物を2人に渡した。後ろにはユリウスとゲルダがいる。カッレはユリウスから自分の分を受け取った。
ユリウス・アントニウス・モデルナは、優れた騎士を輩出する名門モデルナ子爵家の三男坊である。くすんだ麦藁色の髪がフードの中にチラリと見えた。空色の目は呑気そうに野営地を眺めている。
ほかほかした飲み物は、柔らかに湯気を立てていた。干したベリー類が数種類、高級な柑橘の皮、それから蜂蜜を数種類の薬草と共に煎じたものである。数日間吹雪の中を彷徨った一行の凍え切った心まで溶かしてゆくようだ。
「美味ぇー!」
フランツが声を上げる。王宮ブレンドの薬草茶は爽やかな香りを立てている。果物の甘みと干した皮の苦味が蜂蜜にくるまれて胃袋を直撃する。
「芯まで温まるね」
赤毛のゲルダが笑顔を見せる。
ベルシエラは王女の馬車に近づいた。
「ご無事で何よりです」
「ベルシエラ、王族を見捨てて先に行くなんて、どういうつもり?」
ソフィア王女は馬車の中から悪戯っぽく上目遣いをした。馬車の外では隊長が馬を降りて立っていた。護衛たちは、ガヴェンが用意してくれた杭に馬を繋ぐ。皆、雪の上でもしっかりと固定された魔法の杭に感心していた。魔法使いたちはコツを教わりにガヴェンを取り囲む。
ベルシエラは皆の様子を見ながら答えた。
「切り抜けられる力のある方々をお手伝いするほど、私の体力には余裕がなかったんです」
魔法の力を使いすぎると、魔法使いたちは体力を消耗する。フランツのように騎士顔負けの体格であっても、丸一日使い続ければ過労になる。ベルシエラも森育ちで体力はあるほうだ。それでも連日の猛吹雪から自分の馬車隊を守るとなると、王女一行に貸せる魔法は道案内の火球くらいしかなかったのだ。
「お互い大変だったわね。お疲れ様。ご飯食べてく?」
ソフィア王女は気さくに誘ってくれた。
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