129 雪原の邂逅
イネスが指差す先には、確かに何か動く影がある。ベルシエラは軽く手首を振って、小さな火球を飛ばした。炎は細い軌跡を描いて雪のカーテンを切り裂き進む。
風に渦巻く雪片をシューシューと溶かしながら、火球は一直線に飛ぶ。獲物目掛けて急降下する大鷲よりも早く、ベルシエラの火球は白銀の世界を走る。
「えっ?」
ベルシエラは目を疑った。小さな火球が照らし出した光景は、予想だにしないものだったのである。
「ソフィア王女様!隊長っ!みんな!」
ベルシエラは吹雪に掻き消されるのも構わずに叫ぶ。
「奥様っ!危のうございます!」
イネスが止めるのも聞かずに、ベルシエラは真っ白な雪嵐の只中へと飛び出した。ベルシエラは武器に炎を纏わせる。魔法媒体は武器である。ベルシエラの肉体も武器である。脚に青白くゆらめく炎を纏わせた。
ベルシエラは炎に乗って駆けつける。地面から巻き上げられた雪と空から落ちてくる雪が無秩序に渦巻いている。その中でのろのろと動く隊列の最後尾には、マントを羽織った筋肉質の若者がいた。
若者のマントには雪が付いていなかった。騎馬にはうっすらと茶色い光が張り付いている。フードの下には暗緑色の猫目が光る。
「ベルシエラ?何やってんだ、こんなとこで?」
素っ頓狂な濁声が飛んでくる。フランツだ。魔法を使っているため、周囲の轟音に負けないで届いた。
「みんなこそ!どうしたのよ?何処行く気?迷ったの?」
王女一行と巡視隊は、首都へ向かった筈だ。首都への道は広野を通らない。城のある山を下りたら広野の方へは曲がらず、森を抜ければ首都が見える。
「話せば長ぇ。兎に角今は吹雪を避けられる場所を探してんだ。王女様のお計らいで遭難せずに済んじゃいるんだが」
フランツは胸の辺りに媒体となる本を構えて、常時茶色い光を放っている。
「フランツ、魔法使いっぱなしなの?」
ベルシエラは眉を寄せた。フランツも優秀な魔法使いである。体力も申し分ない。しかし休まず使い続ければ、いずれ倒れることだろう。
「ガヴェンと交替でやってっから、大したことねぇよ。前の方はソフィア王女様の護衛が、王族用の道具使って何とか持ち堪えてるしな」
「でも、広野に雪を凌げるとこなんてある?」
「ねぇのか?」
フランツは声を潜めた。ぶつからない距離を保ちつつ魔法のロープで繋がったゲルダが聞き耳を立てる。
「この辺りは大岩もないし、灌木の繁みがあったとしてもとっくに雪に埋まってるし。こっちの方向だと、次の村はヒメネス領入ってからだから、広野を出た後になるしねぇ」
「穴でも掘るか」
「この人数が避難するのに?」
苛立って投げやりなフランツに、ベルシエラは冷静な言葉を返した。
フランツは不満そうに猫目を細めた。
「そっちはどうするつもりなんだよ?」
「私たちは炎があるし、このままヒメネス領まで行くわよ。悪いけど、流石にそっち全部は面倒見られないからね?」
ベルシエラは、頼まれるのを見越して釘を刺す。
「はぁ。そりゃそうだよなぁ。この大所帯だもんな」
フランツは絶望の色を宿して、自分の前にいる馬やら馬車やらの隊列を眺めた。フランツの光で照らされてはいるものの、半分から先はほとんど吹雪で見えなかった。
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