128 雪の広野にて
リョサは300年以上前から続く従者の家柄だ。幽霊たちからその事実を聞いても、完全に信頼はできないでいた。ヒメネスも同じくらい古い配下の騎士家なのだ。長く続く信頼関係でも崩れる時はある。
(兄さんと性格は違うけど、あの雰囲気は家族みたいね)
エンリケ派と決めつけていた色眼鏡を外すと、見た目も性格も違うディエゴと重なる部分があった。
(兄さん、元気かな)
数日前に森へ帰って行った眩い金髪の青年が目に浮かぶ。ベルシエラは、ノコギリ鳥のいる森を懐かしく思いながら空を見上げた。音もなく降り始めた雪は、誓いの氷盃を思わせた。
(でも、ちょっと残念ね)
見送る人々の中で、テレサはあまり表情を変えていなかったのだ。
「道中召し上がってください」
果物と樹液を練り込んだ粉菓子を手渡す笑顔の裏に、ベルシエラはどこか距離を感じた。
(このお菓子から、ほんのちょっとだけどあの毒の気配がしているわ)
同乗しているフェルナンドの妻イネスが、気遣うようにベルシエラを見た。主人が顔を曇らせたのに気がついたのである。
「降って参りましたわね。車輪を取られる前に宿に着くと良いのですけど」
「大丈夫よ、イネス。この馬車には念入りな魔法をかけてあるから」
「まあ、奥様の魔法は、なんでもおできなさるのですね」
「何でもじゃあないわよ」
イネスの賞賛をくすぐったく感じて、ベルシエラは次第に白くなる山路へと視線を移した。
ヴィセンテ・セルバンテスの居城カステリャ・デル・ソル・ドラドを離れて3夜が過ぎた。その日はギラソル領の広野をヒメネス領へと向かって進んでいた。
ヒメネスは騎士家から主家の分家へと異例の格上げを受けた家柄である。当時はギラソル領の一部であったヒメネスの本拠地は、ルシア・ヒメネスがセルバンテスになった時にヒメネスの封土となった。
初日に降り出した雪は止む気配がない。広野の道は雪に埋もれて見つけにくくなっていた。ともすれば車輪が動かなくなるほどの天候である。
ベルシエラは荷物用の工業馬車にも魔法をかけたので、一行は快適な旅を続けている。雪はどんどん激しくなって、目の前は真っ白く何も見えない。一頭の馬に跨り手綱を操る熟練の御者も、ベルシエラが作る炎の膜が無ければ雪像になってしまっていただろう。
「道案内が出来る炎なんて、まるでレウヴァ様の導きの炎みたいですわね!」
イネスも夫と同じように忠臣の家系に連なる者である。エルグランデ王国建国伝説に登場する、セルバンテスの炎を知っていた。
「ふふ、イネス。杖神様から古代の秘術を教わったのよ」
「ということは、みたい、じゃなくてそのものなのですか?」
「そうね、杖は使わないけど、同じ魔法よ」
イネスは少女のようにはしゃいで、一行の道案内となる炎を眺めていた。
「あら?奥様、あれ、何でしょうか?」
「どれ?」
「あれです、あそこ」
イネスが灯りの中に何か動くものを見つけた。ベルシエラの炎は、吹雪の中だとさほど遠くまで照らせない。イネスが見つけたものは、比較的近くにあるようだった。
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